両親は高卒。小受で国立へ。中受で軽い挫折、東大落ちも後期で阪大に【72人目】
広島県から大阪大学工学部に合格されたつばささん、今改めてご自身の教育を振り返った結果はこちら!
"自分の家族は全く学歴のない家系でした。その中で所謂"お受験"をしたところから自分の運命が変わったと思いますが、常に同級生は受験するのが当然の人たちだったので自分が勉強することにも疑問を持ちませんでした。”
と語るその教育答え合わせに迫ります。
1.回答者略歴
Q:お名前を教えて下さい。
つばさ
Q:ご出身地を教えて下さい。
広島県
Q:年代を教えて下さい。
30代
Q:ざっくりのご職業・業界を教えて下さい。
自営業
Q:ご自身の幼少期のキャラクターについて教えて下さい。
いたずら好きのお調子者
Q:ご自身の性格について、以下の観点でお答えください。

Q:最終学歴を教えて下さい。
大阪大学大学院工学研究科
Q:そこまでのルートを教えて下さい。
国立小→私立中高(一貫)→大学→大学院
Q:大学合格時点での学習能力の自己採点をお願いします。

Q:ご自身の各学習能力に関してどう考えていますか?
長所:自分を客観的に分析できるところ。
短所:暗記が苦手だった。特に英単語、古文単語にはかなり苦労した。
Q:(あれば)ご自身の学習特性に気付いた時期、気づいた上での学習面の工夫を教えてください!
自分は東大の前期で不合格、後期で阪大合格となり進学しました。東大を意識したのは高校3年の春で模試は軒並みE判定でした(ちなみに秋頃までE判定です)。東大に合格するにはどうしたらいいかを考え、1年間実施しました。塾、予備校には通っていません。
自分は監視がいなくてもできるとは思っていないので、古文単語などは毎回範囲を決め、友達と小テストをしていました。数学は黄チャートから、英語は学校で配られた教材を先生に無理を言ってもう一部もらうなど、今考えてもよく自分を分析していたなという感じと、もう少し早く気づいていれば東大に合格できたのかもと思います。
Q:教育の得点配分を教えて下さい。

Q:得点配分の意図を教えて下さい。
まず、自分の家族は全く学歴のない家系でした。その中で所謂"お受験"をしたところから自分の運命が変わったと思いますが、常に同級生は受験するのが当然の人たちだったので自分が勉強することにも疑問を持ちませんでした。そのため幼少期に塾に入れられたことという点で親の配点は高め。高校3年の時に明確に東大を意識して勉強を進めたため高校時も高め。小学校の時期はみんな受験するから自分も勉強するという感覚、高校はエスカレータだったため特に何もしていないということから低い点数。
2.保護者の教育スタンス(配点40点)
Q:ご家族の最終学歴について教えて下さい。
父:高卒
母:高卒
Q:親の教育方針はどのようなものでしたか?
父親は生きていれば(元気であれば)いいということで特に勉強には関与していないです。私の学歴もどのくらいのものなのか理解していない。東大なら聞いたことがあるという程度。母親が勉強させたい、とのことで小学校以前は家でもよく市販の問題などをやらされていましたが、小学校以降はほかにも兄弟が3人(私が長男です)いたこともありそこまで関与はしていない。かなり放任。
Q:その教育方針はどう学力醸成に影響したと思いますか?
先述しましたが、幼少期に塾に入れられていなければ勉強することもなかったでしょう。割と自律している方であったのでそのあとは周りの雰囲気で勉強していました。
Q:今振り返って学業につながった、家庭内の文化や習慣があれば教えて下さい。
強いて言うのであれば兄弟が多く、自分の部屋はなかったのでリビングで勉強していた。自分で監視をつけるという意味で。なにか子供の勉強につながるという意図で家庭内でしていたということはない。
Q:親の教育スタンスについての小計を教えて下さい。

自分にとってはまず勉強する環境に放り込まれたということだけで十分だと思います。
3.~小学校時代※小学受験含む(配点10点)
Q:小学受験はしましたか?
しました。小さいのでみんなするものだと思っていて近所の小学校に行った時、色覚のテストをされて終わった際には"なんであんなに簡単なの?"と言っていたそうです。
Q:小学校の頃の学業成績について教えて下さい。(全6レベル)

塾ではクラス分けをされていて常に上位でした。一度組分けテストを休んだことがあるのですが、通常下のクラスになるところを特例として上のクラスになっていたので一目おかれる存在ではあったと思います。
Q:小学生当時の勉強への意識はどのようなものでしたか?

とにかく周りが勉強しているから勉強しているという感じでした。負けず嫌いなところもあり、自分で勉強することもありましたが、塾の宿題や授業で精一杯でほかには特に考えていなかったです。社会の暗記や漢字が苦手で土日によく再テストを受けに行ってた。
Q:小学校の教育環境についてはどう考えていますか?

先生には好かれていたので勉強自体は苦ではなかったです。行きたい中学というのも単に県内でトップの中学だったというだけです。
Q:毎日どれくらい勉強していましたか?

まず国立の小学校ということもあってか、日々の宿題は多かったので低学年のころから1時間程勉強していました(ドリルや音読など)。中学年以降塾に通い、その授業や宿題で2-3時間かけていたと思います。授業だけでも時間が長く大変でした。
Q:小学校まで習い事は何をやっていましたか?

塾は母親に入れられただけです。水泳は泳ぎが苦手だったので親に頼んで行きました。小6でぎりぎりバタフライまで習得。空手は興味があったから。英会話は楽しそうだったので行きましたが、あまり身にはつきませんでした。遊びに行っていた感覚。
Q:習い事の学業成績への影響の分析をお願いします。
塾以外は特に感じません。巷では水泳やピアノはいいと噂されていますが、自分としては、はて?という感じです。息抜きにはなっていました。
Q:今振り返ってやればよかったと思う習い事は?
そろばんは今となっては興味がありますが、興味だけです。
Q:小学校までの読書について教えて下さい。

Q:読書量・読書ジャンルと学力との関係についての分析をお願いします。
ある程度は関連があると思います。語彙力や速読力は上がると思います。また自分の興味を広げる意味でも大切だと思います。
国語ができるかどうかについては自分としては関係ないと思っています。また自分は1冊の国語辞典と図鑑が好きでいつも読んでいました。そのため回数ととしてはかなりですが冊数は少ないです。
Q:当時熱中していたことは何ですか?それは学業にどう影響しましたか?
兄弟も多くテレビゲームや外で遊ぶことがとにかく好きでしたが、学力には関係ないと思います。逆に言えばやることさえやっておけば遊ぶことはマイナスにはならないと感じます。
Q:小学校時に学習・進学などで記憶に残る言葉はありますか?
小学校時はあまりないです。とにかく周りに流されて勉強していた記憶しかありません。
Q:小学生時代の教育環境の小計を教えて下さい。

中学受験においては第一希望の中学(県内トップ)に落ちています。今考えるともっと良い指導者に出会っていれば、とか自分でもっと分析できれば、とも思いますが、あれが限界だったのかなとも思います。そのため80%程度としました。
4.中学時代※中学受験含む(配点10点)
Q:私立の中学受験は考えましたか?
はい
Q:中学行時代の学業成績について教えて下さい(全7レベル)

第二志望とは言えど私立の中高一貫校で周りのレベルの高さに驚いた。勉強自体はきちんとしていたので落ちぶれることはなかったが、トップ10は常連であり、そこに割り込むことはできなかった。
Q:中学生当時の勉強への意識はどのようなものでしたか?

入学した中学は割とおせっかいなカリキュラムで、定期テストの解説はもちろん、補習、小テストなども多く、また宿題も膨大であった。それをこなすだけでメキメキ実力は上がった。
Q:中学校の教育環境についてはどう考えていますか?

今考えると先生方も一流であったのだと思う。交友関係も良好で、部活もしていた。
Q:中学校時の勉強時間を教えて下さい。

後述しますが、大学受験まで塾、予備校に通わずに大学受験をしました。必要なかったというよりは毎日大量の宿題があり、それだけで大変で塾に行く余裕などなかった。
Q:中学時代の習い事について教えて下さい。
部活(野球部)のみです。友達もたくさんでき、先輩も多かったため楽しかったです。
Q:中学時代に学習・進学などで記憶に残る言葉はありますか?
あまりないです。ある程度成績は保っていたため、周りからも何か言われることはなかったです。
Q:中学校時代の教育を振り返ってどう評価しますか?

成績も上位をキープしており、親からも何も言われていませんでした。割と好きなように過ごしていたと思います。
5.高校時代※大学入試含む(配点40点)
Q:高校受験は考えましたか?
内部進学です。
Q:高校時代の学業成績について教えて下さい(全7レベル)

高3で東大を意識し勉強を始めた。成績は大きく上がらなかったが、そこは気にせず自分の学力が上がっているかを意識した。高3春まで東大理ⅠはE判定だったが高3冬でC判定。そのまま受験を敢行。
Q:広島の御出身という事で、京大や阪大も身近に感じておられたのではないかと思いますが、東大を志望された理由は何でしょうか?
→東大を目指しておけばほかの大学もつぶしが効くだろうと思ったからです。また東大の問題はオーソドックスな問題が多いので基礎の底上げて対応できると感じていました。もしセンター(現:共テ)が悪ければ阪大、名古屋大などを受けていたと思います。実家に近い方がいいなどの考えはなかったです。
Q:一度もB判定が出た事が無い成績では、東大に合格する可能性が低かったと思いますが、それでも東大受験に踏み切られた理由は何でしょうか?
→高3の学力はまさに右肩上がりに上がっており、センター本番で9割以上を取れました。自分の中で最大瞬間風速を出せれば東大は受かると感じていたからです。成績開示では合格点まで残り13点(小数の部分は忘れました)で、結果としても分の悪い勝負ではなかったと思います。
Q:後期で阪大にされた理由は何でしょうか?
→覚えていません。受かるんじゃないか?と思ったからか、先生に勧められたからか?申し訳ないです。あまり記憶にないかノリで選んだと思います。
Q: 浪人をされなかった理由は何でしょうか?もし過去に戻れるなら浪人されますか?
→浪人は少し迷いました。ただ、自分の中では燃えつきも感じており浪人が必ずしも良い結果を生むと思えなかったからです。
過去に戻っても同じ状態であれば浪人しないと思います。一方私は10年エンジニアとして働きましたが東大に入っていればどんな人生だったのだろうと思うときはあります。もし戻れるとしたら高2がいいです。
Q:高校での勉強への意識はどのようなものでしたか?

自分の足りないところをとにかく補った。得意科目は物理、化学でそれだけであれば学年トップ層。時間、友人、先生、利用できるものはとにかく利用した。
Q:高校の教育環境についてはどう考えていますか?

職員室に頻繁に出入りしていたせいか、先生たちは忙しい中質問に答えてくれていた。
Q:毎日どれくらい勉強していましたか?(平均値で算出してください。高3は受験期を含む1年間、受験期はピーク時という意味)

受験期は学校も受験の終了までは授業なし(教室は開放)となっていたため、演習過去問に費やした。就寝、食事以外の時間はとにかく勉強していた。
Q:習い事は何をされていましたか?
中学までしていた野球を引き続きやっていた。休みの日は友人とサッカーやバスケもやっていた。受験期の追い込みに耐えられたのはその体力のおかげかもしれない。あとスポーツと違って勉強はやっただけ伸びるのが楽しかった。
Q:高校時に学習・進学などで記憶に残る言葉・事件はありますか?
高2のいつだったか定かでないが、母親が希望していた医学部はやめて工学部へ進むことを伝えた。かなり喧嘩になったが、最終的には母が折れた。恋人や他人に深くかかわる性格から医者には合わないと考えていた。今でもその判断は正しかったと思う。
Q:彼女と深く関わる性格から医学科ではなく工学部を選ばれたとお書きですが、しばしば恋愛に夢中になって成績を落とす方がいます。そのような事は、ありましたか?また成績を落とす方と、落とさない方で違いがあるならば、何がポイントだと思いますか?
→これはとても興味深いところで、自分も誰か研究してくれないかな?と思っています。
自分は彼女ができて成績を落としたり単位を落としたりということはありませんでした。勉強の邪魔になる、普段顔を合わせたくないという理由でずっと他校の方と付き合っていたこともあるかもしれませんが、基本的に切り替えができていました。教えてほしいところがあると言われない限り、一緒に勉強もしませんでした。というか先生に聞けと言ってました。また家庭教師を始めてから感じるのは交際して成績を落とすのは高確率で男子です。兄弟の学力差のところでも言及しますが、女子の方が客観視がうまいのではないかと思います。自分は中高共に男子高でしたが、恋人がいるのは成績下位のグループが多く、勉強できないから他の事に走る?などのいろんな要因はあるかもしれません。
Q:高校以降の教育を振り返ってどう評価しますか?

周りの環境のもよく、自分が自発的に行っていることの補助がよかった。先述の通り先生にもたくさん質問したし、意図的に成績トップ集団の輪に入った。そんなしたたかなことが高校生でできたのは今考えても良かったと思う。
東大に合格することしか考えていなかったので不合格となった時は呆然とした。古文、英語、公民など苦手が多く数学Ⅲ、Cの理解が間に合わなかったのでもう少し時間をかけられればという後悔はある。
Q:ご兄弟(姉妹)との学歴または学力の差異があれば、その発生要因の分析をお願いします。
4兄弟のうちで自分が断トツ。次男、三男は5浪以上で国立大歯学部に進学。自己分析が甘く、志望校もそんなとこ受けるの!?といった感じだった。自分の成績が良かったことから両親も弟たちは同じように進むと考えていたらしく、次男、三男の進学にはかなり頭を悩ませていた。
末っ子の長女は現役で国立大歯学部に進学したが、女の子ということもあってか自身のことを理解し勉強していた。自分に一番似ていた。
どれだけ自己分析ができるかがスムーズな受験期を過ごせるかにかかっていると思う。
Q:答え合わせを終えてのご感想をご自由にどうぞ。
小学校の"お受験"から始まり、周りの友達が受験勉強するのが当然という環境に入れられたことがまず大きいと思う。高校入学までは"やらされること”をこなすだけで精一杯だったが、まじめなこともあり赤点や、宿題をやらないということはなく成績は伸びていった。
その後の勉強については自分をどれだけ客観的(メタ視点)で見れるかが大きかったと思う。高3の春でどうやったら東大に入れるかを意識し、学校の授業とは別で独自に勉強をしていた。当時から東大の問題は難問、奇問ではなくセンター試験の延長線であると考えてとにかくセンターで満点をとるような勉強をした。結局それが全科目の底上げにつながった。
6.採点後面談
どうも#1のカラシカシです。
今回も最高に面白かった!!
回答者70人を超えてまだなお色んな発見がありました。一番はコレ!
●小中と「自発的と強制の半々」という勉強意識だった人が高校で「自発的」に変化。
→「蓄積された勉強へのヘイト値は、後の勉強のモチベーション生成を阻害するのでは?」という仮説を立ててたのですが、つばささんは反例ですね。就学前から勉強に親しんでいたことで、少々ストレスを感じてても『習慣化』の方が勝ったということなのかな?
つばささん丁寧なご回答ありがとうございました!

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