短編小説『ザ・コピーロボット』 シンプルシリーズ
「いいな」と言うと、「いいね」と言う。「ひどいな」と言うと「ひどいね」という。それが君という男だ。裕福な家庭に生まれ、容姿端麗で頭脳も明晰、幼い頃から音楽や絵画、文学に親しみ、その方面でも優れた才能と審美眼を持ち合わせていた僕にとって、君は腰巾着のような存在だった。僕とは対照的に貧乏で、教養もなく、ろくに人と話したことがないとすぐにわかるほど常識にも疎かった。君が図書館でデレク・ハートフィールドの本を積み上げて夢中になって読んでいるのを見かけなければ、一生関わり合いになることはなかったと思う。当時暇つぶしに図書館に来ていた僕の目に、県内でも指折りの底辺高校の学生服を着た君と、デレクのようなマイナーな作家の本はひどく不釣り合いなものとして映った。不思議に思った僕は、どうしてそんなものを読んでいるのかと君に聞いてみた。君ははっと驚いて僕の顔をじっと見つめぱくぱくと口を動かしたのちに、本棚に並べられてるたくさんの本を見ていてこれが一番面白そうだと思ったから適当に手に取って読んでみてやっぱり面白いと思ったから全部読むことにしたのだ、と吃りながら話した。要領の掴めない曖昧な返答だったので、次にどんなところが面白いと思ったのかを尋ねてみた。すると君は頭を抱えてうずくまってしまった。これでは話にならないと思い、デレクの作品の哲学性の高さは素晴らしいよねと伝えると、ぱっと顔を上げて「僕もそこが好きだ」と答えた。次にデレクの文章能力の低さについてどう思うかと聞いてみたら「うん、文章は下手くそだよね」と答えた。他にはどんな作家の本を読むのかと聞いたところまた頭を抱え込んでしまったので、適当にフランツ•フィッツジェラルドは読まないのかと聞いてみたら、君は、読んでみます、と答えて席を立って本を探しに行った。以来僕と君は毎日放課後に図書館で顔を合わせるようになり、僕が勧めた本を君が読み、僕がその本についての私見を述べ、君がそれを全面的に肯定するという日々を送るようになった。最初は君が文学について何も知らないだけでなく独自の意見というものをまったく持たないことに気味悪さを感じていたが、こちらが主張する意見を全て肯定してくれることに僕が快感を見出すようになってからは一緒にいるのが楽しくて仕方ないと思うようになった。そうこうしているうちに受験シーズンになり、僕は推薦でとある有名大学に入学することになった。同じ頃、君は無学なりに寝る間も惜しんで必死に勉強していた。その甲斐もあってか、君は学力的にも経済的にも身の丈に合っていないであろう、僕と同じ大学に合格した。
進学してからも関係は変わらなかった。君は常に僕についてきた。全ての講義についてきたし、ランチの時も必ず同じ席にいた。僕が学食を食べている目の前で手作りの不格好なおにぎりをほうばっていた君の姿はなかなかの見ものだった。僕が大学で得た新たな友人達と遊びに行く時もついてきたし、色々と無理をして飲み会にまでついてきた。夜遅くなれば実家通いの君は一人暮らしをする僕の家に泊まった。いつも何かを尋ねてきた。何を読んだらいいか、どんな読み方をすればいいか、感想を述べるとはどういうことなのか、逐一聞いてきた。それに全て答えてやったから、君の本の趣味や物の見方はほとんど僕と一緒になった。まさに僕のコピーロボットといって差し支えないものだった。僕と違って汚らしく貧相なくせに、頭の中のものは一緒、自分の思想のない哀れな劣化版コピー、それが君だった。常にみんなから馬鹿にされてたし、僕も君を表向き擁護しながらも裏では蔑んでいた。自分の意思のない人間なんて、雑に扱われて当然だとすら思っていた。
だから、君が書いた小説を僕自身の名義に変えて文学賞に応募し、それが最終選考に残ったことを知った君が物凄い勢いで責めてきた時には驚いた。腰巾着だった君が怒るなんて思いもよらなかった。僕は憤った。劣化版コピーのくせに自分で物語を書き始めたこと、公募へ出す前に添削を依頼する目的で例の小説を僕に送ってよこしたこと、全て気に入らないながらも我慢していたのに、名義を変えたことに対して怒るとはなんて恥知らずなんだと思った。君に文学のいろはを教えたのは僕だ。君の視点、考え方、文章の構築方法、全て僕からコピーしたものだ。それを使って勝手に小説を書き、あまつさえ何度も応募したのに僕では二次選考にすら残らなかった文学賞に応募しようとすることがどれほど愚かな行為であるかを考えなかったのだろうか。僕の与えたもので書いた小説、それは僕が書いたものといって差し支えない。だからこそ正しい名義に変えただけなのに、僕に対して怒るとは何事か。これだから低レベルな人間は嫌いだ。
君は今も玄関扉の向こうでわめき散らしている。そんな君の声を聞いていたら、正しいことをしたはずの僕は混乱してきてしまった。だから考えを整理し、自らの正当性を示して自分と君を落ち着かせるためにこの文章を書いている。ああ、朝からうるさいうるさい、今ドアを開けてこの文章をみせてやるから、読んで納得して元の君へと戻ってくれ。コピーはコピーのまま、僕の自尊心を満たすだけの存在であってくれ。
それがお互いにとってベストなんだと、わかってくれよ。
⭐︎連絡事項
次回更新からはしばらくの間エッセイの投稿を中心とさせて頂きますのでよろしくお願い申し上げます。『極彩色の衝動』がね、投稿止まっちゃってましたからね...。ブックオフに何時間も居座り続けた男の生き様を楽しみにしててくださいな。
