本当にあった奇妙な話|ビデオテープとマインドコントロール
「マインドコントロール」は、相手の心の隙間に入り込み、思考や行動を変化させる現代の恐怖です。それは、ごく自然な形で現れて、気づかないうちにあなたをコントロールするのです。
この話は、今から20年以上も前の言い伝えです。主⼈公は当時、20代の事務職、神原(かんばら)さん。これは、私が彼女から直接聞いた話です。彼女の記憶は鮮やかでした。
現代は、映像といえばネット配信で鑑賞するのがあたりまえの時代。
しかし、20年前は「ビデオテープ」と呼ばれるアナログ式磁気テープから、「DVD」というデジタル記録ディスクへと、映像の記録媒体が変わっていく端境期でした。
だから音楽ショップの棚には、まだ「ビデオテープ」と「DVD」が並んで販売されていたのです。
神原さんは、「エミネム(EMINEM)」というマシンガンラッパーの大ファンでした。そして彼の新曲のビデオクリップをとても欲しがっていました。
まだネット配信などない時代です。ビデオクリップを観るには、DVDかビデオテープを購入するしかありません。彼女はDVD再生機をもっていなかったので、選択肢は「ビデオテープ」一択でした。
彼女は仕事帰りに、友人M子と、新宿という町の「新星堂」と呼ばれる音楽ショップに立ち寄りました。もちろん「エミネム」のビデオを購入するためです。
店に入ると、神原さんとM子はそれぞれに好みの棚へと別れます。彼女はタイミングよく、通りがかった⼩太りのおじさん店員に声をかけました。
「あの、すみません。エミネムの『ビデオクリップ』が欲しいんですけど」
「はい︖ あぁ、エミネムね。『DVD』でいいですよね︖」
「いえ、あの『ビデオテープ』で欲しいんですけど」
「あぁ、はい、わかりました。『ビデオテープ』ですね」
オジサン店員は愛想良く答えると、すぐにビデオの棚を探しはじめました。
しばらくすると、オジサン店員は、1本のビデオカセットを⼿にして、彼⼥に振りかえりながら⾔いました。
「あの…。『ビデオテープ』だと『ウイ・アー・ザ・ワールド』しか⾒あたらないんですけど、これじゃダメですか︖」
『ウイ・アー・ザ・ワールド』とは、当時から更に20年近く前の作品で、1985年にアフリカ飢餓難⺠救済のために、マイケル・ジャクソンを中⼼に集結したアメリカのアーティストたちの企画作品です。
もちろん、エミネムは出演していないし、彼の「過激で攻撃的なヒップホップ」とは真逆の「平和と博愛の大合唱チャリティソング」です。
神原さんは、彼の唐突な提案に驚いたと言います。
でも、それは彼女が求めているものではありませんでした。
「えっ︖ あの…エミネムが欲しいんですけど…。この前、こちらにビデオがあったのを⾒たんですけど」
「そ…そうですよね。私も⾒た覚えがあります。確か、⿊っぽい箱のですよね」
「そうですそうです︕ ⿊っぽいパッケージでした︕」
オジサン店員は、⼿にもったビデオカセットを棚に戻すと、再び探索をはじめました。神原さんがその棚を覗き込んでみると、おじさんはあちこちの引き出しを開けたり、閉めたりしながら熱心に探しています。
やがて、棚を探すオジサンの動きが⽌まりました。
そして、神原さんに振り返ります。
彼の⼿に握り締められていたのは、さっきと同じビデオカセットでした。
「いやぁ…、やっぱり『ウイ・アー・ザ・ワールド』しかないんですよ。ダメですかねぇ︖」
「でも、エミネムが欲しいから…」
「…」
オジサン店員はビデオをまた棚に戻すと、もう⼀度、探索をはじめました。
また時が流れて、オジサンが振り返ります。
その瞳には、何かを決⼼したかのような固い決意が浮かんでました。
「お客さま。やっぱりビデオテープが、どうしても欲しいということになりますと、『ウイ・アー・ザ・ワールド』になりますね」
店員の真剣な薦めに、神原さんは「あれっ?私が欲しかったのは、もしかして『ウイ・アー・ザ・ワールド』だったのかも」と思ったといいます。
手を伸ばしかけた時、その様子を途中から眺めていたM子が、声をあげました。
「おじさん、それ、エミネムとの共通点とか全然ないから」
「そ…そうですよね」
「ビデオテープっていうとこは共通点だけど」
神原さんは、ハッと我に返ったといいます。
「…もういいです」
欲しかったのは「エミネム」のビデオクリップ。
それなのに彼女は、20年近くも前の企画モノ『ウイ・アー・ザ・ワールド』に手を出そうとしていたのです。
今回の話は、昔、新宿と呼ばれた街で起こった奇妙な出来事です。
しかし、その恐怖は時代が変わっても、形を変えてあなたの前に現れます。
マインド・コントロールは、いつだってあなたを狙っているのです。
あなたがほしいと思うものを、別なものにすり変えるように。
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