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Nくんへの手紙~世界を救ってほしいのです。あいつを止めてください

Nくんへ

お久しぶりです。ケイメイです。
あなたが、このメールを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないはずです。私は、ネット上に自身の痕跡が現れなくなってから1ヶ月後に、このメールが自動で送られるようにセットしておきました。

あなたにお願いがあります。
世界を救ってほしいのです。あいつの呪われた「絵」から。

あなたもよく知っている『腸弱会』の若松。
あいつの「絵」から、世界を守ってください。

突然にこんなことを言われて、戸惑っているでしょうね。
私の頭がおかしくなったと思ったかもしれません。
ではまず、私が正気だということを信じてもらうために、
あなたの結婚式の二次会の裏話をします。

あれからもう10年以上が経ちました。
とても素敵な結婚式と二次会でしたね。

覚えていますか?
二次会で配布した新郎新婦を紹介するパンフレットのことを。
あなたが、その作成を若松に頼んでいたことを。

結婚式の2週間前のことでした。
若松はパンフレット作成のために、私を訪ねてきたのです。

パンフレットは、中央に2⼈のプロフィールを書いて、その両脇にそれぞれのイラストを添えるというデザインです。

でも、Nくんのイラストは準備できても、奥さんのイラストがありません。
それに私はまだ奥さんに会ったことがなく、奥さんを知っているのは若松だけでした。

私はこの時、少し嫌な予感がしたことを覚えています。

若松は「じゃあ、オレが描くよ」と⾔って、鉛筆で奥さんの似顔絵を描きはじめました。

しばらくすると、「できたー︕」と彼は叫びました。

確かに若松は⼀⽣懸命に描いていました。
それは間違いありません。

でも、私はその絵をみて、⼀瞬、息がとまったことを覚えています。
それはこんな絵でした。


若松による鉛筆画

若松は、「髪の⽑はもうすこし⻑かったかな」などと⾔っています。
しかし、髪の⻑さの問題でしょうか︖
この絵は、プロフィールに添えるイラストの許容範囲を超えてはいないでしょうか︖

だって、これは…。この絵の⼈は、⽂明⼈ではありません。

私は、若松を傷つけないように、できるだけ穏便に「イラストはやめた⽅がいいんじゃないかな。写真はないの︖」と聞きました。

すると若松は、「写真はないんだよね。そうだ︕ 雑誌から似ている写真を切り取って修整して使おうよ︕」と⾔い出したのです。

写真の修整? 
彼は、いつの間にそんな⾼等技術を⾝につけたのでしょうか︖
私が知っている若松は、デジタルツールを使いこなせる男ではありません。
でも、写真の修整なら、若松のイラストよりもかわいくなるはずです。

私は、⼿近にあった旅行雑誌を⼿にとって、表紙の⼥性を指さしました。

「この写真を元にしたらどうかな︖」
「全然、似てないよ。ちょっと、その本を貸してよ」

若松は雑誌のページをペラペラとめくり、やがて、その⼿が⽌まりました。
それは、「伊⾖・箱根 温泉宿紹介」の特集ページでした。
さまざまな温泉宿が紹介された記事には、⼥主⼈の写真が掲載されています。

「あっ、これこれ︕」

彼は、⼀⼈の⼥主⼈の写真を指さしました。

「この写真を取り込んでよ。加⼯するから」

私は言われるがままに、そのページをスキャナで取り込み、画像ソフトに読み込みました。

「ケイメイさ。オレの⾔うとおりに加⼯してよ」
「えっ︖ オレがやるの︖ そんなのやったことないよ」
「いいから、いいから」

若松は脇から、ああだこうだと細かく注⽂をつけてきます。

「もうちょっと⽬が⼤きいよ。それから⻭がちゃんと⾒えてる⽅がいいな」

私は慣れないソフトをいじって、彼の意⾒をできるだけ忠実にとりいれました。奥さんを知らない私は、彼の⾔葉を信じるしかなかったのです。

そして、ようやく写真ができあがりました。

でも、私は完成した写真をみて、⼀瞬、息がとまったことを覚えています。それはこんな写真でした。


若松のプロデュースによる写真

若松は完成写真を⾒て、ゲラゲラと⼿を叩いて喜んでいます。
私もつられて笑ってしまい、腹筋がちぎれそうになりました。

彼は「⼝元はもうすこし⼩さかったかな」などと⾔っています。
しかし、⼝元の⼤きさの問題でしょうか︖
この写真は、プロフィールに添える写真の許容範囲を超えてはいないでしょうか︖

だって、これは…。この写真の⼈は、⼈間ではありません。

私は途⽅にくれました。
Nくんの新たな門出に、波紋を起こしたくはありません。
でも、これだけは公正に伝えておきます。
若松は、真剣にとりくんでいたのです。

私は若松に提案しました。
「やっぱり、フリーのイラスト集から選ぼうよ。Nくんがイラストなのに、奥さんが写真だとおかしいだろ?」

抵抗するかと思った若松は、⼤笑いして満⾜したのか、素直に同意しました。パンフレットに掲載されたイラストが、本来の奥さんのようにかわいらしかったのは、このような理由があるのです。

しかし若松は、この時のイラスト体験がよほど楽しかったのでしょう。
絵を描くことに喜びを覚えてしまったのです。

そして事件は、Nくんが来れなかった新年会で起こりました。
参加した夫婦の一組は、まだ小さな娘さんを連れてきていました。
幼稚園に通っているとてもかわいらしい子です。

私が別室に移動しようとした時でした。
若松はその子に「似顔絵を描いてあげようか」と言ったのです。
その子は、嬉しそうに「うん」と答えました。

止める間もなかったのです。

出来あがった絵をみたときの、あの子の引きつった顔。
小さな子でも、こんなに苦悩に満ちた表情をするんだと思いました。
それがこの絵です。


若松による少女画

少女は叫びました。

「コレハ、チガウ!」

小さな目には涙が溜まっています。
でも、若松は真摯に描いていたのです。
それだけは間違いありません。

私はこの時から、絵を描こうとする若松を、必死で止めてきました。
何人もの人たちの未来を、何人もの人たちの世界を守ったと思います。

Nくん。
あなたの人生は、本当なら、若松に結婚式の二次会のパンフレットを頼んだ時点で終わっていたはずです。でも、これまで幸せに暮らしてきました。

だから次は、Nくんが止める番です。呪われた絵を止めてください。


私は、Nくんへのメールを書き終わると、それを自動送信プログラムにセットしました。でも、Nくんのメールアドレスがいつ変更になるとも限りません。

だから、このページにアクセスした方のIPアドレスからホスト情報を逆引きし、連絡先をメーリングリストに追加する仕組みを作っておきました。それが、この個人的なメールを公開した理由です。

もし、このメールがあなたのもとに届いたら、その時は若松を止めてください。世界中を救うことはできなくても、誰かの世界を救うことはできるはずです。誰かの未来、誰かの世界を。それがあなたへのお願いなのです。


若松(わかまつ)が登場する話

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ケイメイ 最後までお読みいただきありがとうございました。チップしちゃおうかなと思ったら、迷わなくていいんです。私がそっと背中を押しますからね!