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なぜ石川啄木の句を読むと、殺人マシンになってしまうのか

日本を代表する歌人の一人である石川啄木。

もっとも、石川啄木については「教科書に出ていた歌人」ということぐらいしか知らない。知ろうと思ったら、検索すればいいんだけど、それをしない楽しみだってあるからね。

そして、オレの知ってる石川啄木の短歌といえば、このひとつだけだ。

「一度でも 我に頭を 下げさせし人 みな死ねと いのりてしこと」

この短歌をね、「心の奥底の気持ちを、正直に詠っていて大変すばらしい」って評価する人もいるけど、作品って、まずは「背景なし」で感じるものだよね。

ふつーに考えれば、「自分に一度でも頭を下げさせたやつは、みんな死んでしまえと祈る」って、怖くない?

これって、「頭を下げた瞬間に、頭頂部から殺人光線を発射するようなもの」だと思うんだよ。そうなるとさ、この句を詠んだ啄木になりきってみたなら、いったい一日に何人ぐらいを始末することになるのかなって思ったわけ。

ルールは簡単なの。「自分が少しでも頭を下げたら、その瞬間に頭頂部から殺人光線が発射されて、相手は黒コゲになる」。これがわかりやすい「啄木ルール」なんだ。

もちろん、インドアじゃ頭を下げる相手がいないから、さっそく近所を歩いてみることにした。ちょうど読みたい本があったから、駅の方へと川沿いの道を行くことにする。川にはカルガモの親子が仲良く水浴びをしている。

でもね、ただ歩いてるだけじゃ、展開がないんだよ。単なる近所の散歩。ここでカルガモが、「こっち見てんなよ!」と、いきなり因縁を吹っかけてきたら、すぐに「すみませんでした」と頭を下げて丸焦げにしてやるのに。

まずは西友の書店で、本を選んでレジへと向かった。オレは外ずらがいいから、店員さんには下から目線だ。支払いを終えて、本を受け取る。さぁ、かかってきな。

店員さんが、「ありがとうございました」と軽く頭を下げた。今だ!
オレは「どうも」と頭を下げた。「啄木ルール」が発動して、オレの頭頂部から発射された殺人光線が、まだ若い女性店員を黒コゲにした。

やっちまった。胸が痛んだ。店員さんは、自分が死んだことにも気づかずニコニコしているけれど、家族と夕食を囲む平和な暮らしが訪れることは二度とない。もう後戻りはできない。まずは一殺いっさつだ。

次はどうしようかな。そうだ、駅ビルで崎陽軒の「シウマイ弁当」を買って帰ろう。オレが「シウマイ弁当」が入った袋を受け取って、頭を下げたとき、崎陽軒のおねーさんは黒焦げになった。二殺にさつだ。

もっとペコペコしたい。効率的に頭を下げることはできないかな。そうだ、商店街で靴紐を結びなおすなんてどうだろう? しゃがむことで、頭を下げたことになるから、「啄木ルール」が適用されて、オレの前を通り過ぎたヤツは全員、丸焦げだ。

十殺じゅっさつ。細かくは数えてないけど、それぐらいはいってる。「啄木ルール」が生み出した完全な殺人マシン。誰も、ペコペコと頭を下げるオレを止めることはできない。

でもね、もしオレが厚顔不遜な人間だったなら、きっと誰にも頭を下げることはないから、犠牲者が生まれることもなかったと思うんだ。我に頭を 下げさせし人 みな死ねという「啄木ルール」のなんと無情なることか。

次はヨーカドーだ。オレは牛乳を買いにいく! このままでは、オレがよく行く店の店員さんは、全員、黒焦げになる。そうなったら、そのあとの買い物はどうする? 店員さんが補充されるたびに、犠牲者が増えていく。「啄木ルール」がある以上、それは仕方がないことだ。

だけど、死んだことはさておき、店員さんにしてみれば、「頭を下げる丁寧な客」を相手にするわけだから、気持ちよく黒焦げになったんじゃないかしら? だって、偉そうな客なんて相手にしたくないでしょ。

ということは、啄木仕込みの「殺人マシン」が増えていくほど、平和な世の中になるってことかな。いや、そんなことないって? そもそも啄木で遊ぶなって? 確かに、それはそのとおりだと思います。

反省します。

読んでいただいた皆さん、どうも、すみませんでした!(…ペコリ)

あっ、頭を下げちゃった。

…なんだか、すごく焦げ臭いです。

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ケイメイ 最後までお読みいただきありがとうございました。チップしちゃおうかなと思ったら、迷わなくていいんです。私がそっと背中を押しますからね!