#171 なぜ人は、愛されるより愛したいと思うのか
「別に愛されなくてもいい。ただ、思いきり誰かを愛したい」。友人が恋愛相談の途中、ぽつりとそう言った。
一見、謙虚で美しい言葉に聞こえる。でも、よく考えると奇妙な話でもある。愛されることには、安心も、承認も、生活の支えも詰まっている。それでも人は、愛されることより愛することを選びたがる瞬間がある。
これは本当に、愛の深さの話なのか。それとも、もっと別の何かから目をそらすための言葉なのか。
「愛したい」は、傷つきたくない人の言葉かもしれない
愛するという行為には、一つ大きな特徴がある。自分の意思だけで完結できるということ。
誰かを愛することは、相手の同意を必要としない。片想いであっても、返事がなくても、愛すること自体は今日から始められる。決めるのは自分で、途中でやめるのも自分次第。
一方、愛されることは、まったく違う構造をしている。どれだけ望んでも、相手が選んでくれなければ成立しない。ここには、自分の力ではどうにもならない部分が必ず残る。
この違いに気づくと、一つ気になることが出てくる。「愛したい」という言葉を選ぶとき、人は本当にただ愛の深さを語っているだけなのか。それとも、無意識のうちに、自分の力でどうにかできる範囲の話へと、望みを絞り込んでいるだけなのか。
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