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3カ国3都市拠点での生活 

東京ーロンドンーコペンハーゲン

先日泳いでいる時に、
ダイルの呟きが、聞こえたのでございます❣️

「ねえカオちゃん、もっとnoteを活用したら?」

でね、久しぶりにnoteに書いてみよう!と決心したのです
それも、定期的に、テーマを持って…

どうかな?
絵描きの私だから、文章書きがいつまで続くかわからないけど

でも、とりあえず、書いてみる。
絵を描くときに、私はいつも言ってるけれど、
とにかく、手を動かさないとね、何も始まらないから
せっかく思いついたのだから、書いてみましょう!

何書こうかな?と思った時、私の特殊な生活の仕方
について、記録にもなるし、ここに残しておこうと思ったので
テーマは、3カ国拠点での生活のあれこれ、とすることにしました。

私目線で感じたことを、書く。
絵を描く様子は動画に残していくので、それも時々付け加えよう

それでは、まず一回めの今日は、そもそもどうして3カ国3拠点の
暮らしが始まったのかを順を追って簡単に書きましょう。

理由はあまり面白くなくて、それは家庭の事情、と言うこと
まずは、長男がスコットランドのRannoch地方の寄宿舎に入ったので、
2001年頃に、彼の学校が休暇に入るたびに、
スコットランドのハイランド地方(山岳地帯)へ、通うことになった

成田→ロンドン→市内から夜行列車に乗り込み車中一泊で別世界のRannochに到着、ドアtoドアで、24時間以上、着いた時にはクタクタでした。

その後12歳になった次男も一緒にスコットランドのパースという町から
8マイル先にあるGlenalmond Collegeに入学したので
私は、約2、3ヶ月一度の行ったり来たりが辛くなってしまったので
夫を一人東京に残し、
小さな美しい田舎の町パースに移住することにした。

そこで、約2年過ごした後、
あまりにも小さすぎたその町に飽きてしまった私は、
スコットランドの首都エジンバラに引っ越した。

次男も高校を卒業して、大学生になった時
私がスコットランドにいる理由もなくなったので、
3年過ごしたエジンバラを後に、
ロンドンに引っ越しをして、その頃から東京とロンドンの
2拠点生活が始まった。

その後、Brexitが起こりそうになった時、
イギリスのその先に不安を感じた英国人の夫は、ヨーロッパにも拠点を持ちたい、と思いコペンハーゲンを選び、そこにオフィスを立ち上げた。

そして、2019年の11月に、私達は、英国がEUから離脱するギリギリ直前に
デンマークで暮らす権利を持つことが出来たのです。
(イギリス人はEUに所属していた時には、その加盟国のどこにでもvizaなしで自由に働き、暮らすことが出来た)

こんな流れで住居を3カ国にまたがって持つことになってから
約6年が経ちました。
後何年この生活が続くかわかりませんが、続けられる限りは
この特殊なライフスタイルを楽しみたいと思っています。

今回付ける動画は、東京のアトリエで描きましたが、途中のお散歩は
デンマークの小さな島、サムソーというところへ行った時に撮ったもの。

こんなゆるい感じで、これからも投稿していきますので、
是非、また遊びに来てくださいませ。

今日はありがとう〜感謝❣️

2025年9月1日 ロンドンにて

ロンドンの今日のお天氣、変化に富んでいました

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