教師を辞めて3か月。独立して初めてわかった「時間」に縛られていた私
春に教員んを退職して、しばらく何かが変でした。
時間はたくさんあります。
自由もあります。
なのに、なぜかうまく動けないのです。
毎朝7時ごろに目が覚めるけど、行くべき学校がありません。職員室もありません。子どもの声も聞こえません。
「今日は何をすればいいんだろう」
その問いが、頭の中をぐるぐるしていました。
26年間「チャイム」で動いていた
朝の会から始まって、1時間目があって、給食、掃除があって、帰りの会。その後には決められた会議や研修、打合せ。
時間割や予定という、絶対的な構造の中に、私の「働く」という感覚はすっぽりとはまっていました。
急な休みをとった日でも、「なんとなく落ち着かない」と感じていたことを覚えています。
体が、チャイムを待っていたのだと思います。
それが、退職してはじめてわかりました。
私はずっと、「時間に管理されて生きていた」のだと。
これは批判でも後悔でもありません。
教師という仕事がそういう環境だっただけで、大体の会社でも同じだと思います。
しかし、学校に26年間どっぷりと浸かってきた分、「自分で時間を動かす」という感覚が、いつの間にか薄れていました。
気づかないうちに、そう刷り込まれていたのだと思います。
お金にも、同じ刷り込みがあった
時間のついて考えていると、
お金のことが重なって見えてきました。
給料は、毎月決まった日に振り込まれ、賞与は年に2回必ず支給されます。
教員は、退職手当制度もあります。
「毎月給料日が来るから、お金のことを考えなくても暮らしていける」
この感覚、私も長い間もっていました。
通帳を記帳することもなく、当たり前のように暮らしていたのです。
でも、それと引き換えに手放していたものがありました。
「自分でお金の動きや流れを考える」という習慣です。
NISAやiDeCoについて、制度として「知っている」方は増えました。
けれども、「自分の生活に落とし込んでいる」方は、意外と少ないように感じます。
知識と実感の間に、大きな溝がある気がします。
その溝を生んでいるのは、私のように「自分以外の誰かが管理してくれる」という長年の刷り込みではないか、と私は思っているのです。
手帳を開いたある朝
転機は、小さなことでした。
退職から2か月半が経った月曜の朝、手帳を開きました。
週のページは真っ白でした。時間割も会議の予定も、締め切りも書いてありません。誰かに決められたものは、何一つないのです。
私は「今週、自分がやりたいこと」を書きました。
自分が、自分のために決めた、たった一つの目標です。
それだけで、一日の動き方がまったく変わりました。
午前中は、集中してブログやnoteを書きました。
昼に少し休んで、午後は講座の準備をしました。
夕方になると「今日はここまでできた」と実感できました。
誰かに動かされるのではなく、自分で決めたことを自分で動く。
その感覚を、私は50代になって初めてつかみました。
学校現場でも自分で考えて仕事をすることは多かったですが、今は「何をする」ところから、考えねばなりません
「その年で・・」思われるかもしれません。
でも、気づいたときが始まりだと、今は素直に受け止めています。
現役の先生へ、少しだけ伝えたいこと
教師という仕事は、「時間もお金も管理されてしまいやすい」職業だと思います。
安定しているから反面、「自分で考えなくていい」状態が長く続きます。
それは決して悪いことではありませんし、その安定の中でたくさんの子どもたちと向き合えてきたことは、かけがえのない経験です。
ただ、定年後・退職後に突然その構造がなくなったとき、どうしたらよいのか。
私はそれを、身をもって経験しました。
時間の使い方に戸惑い、流れを自分でつくることに慣れていなくて、「自由なはずなのに動きにくい」という日々がありました。
現役のうちから、「自分ごと」として時間とお金を考える練習をしておくと、退職した後に役立つと思います。
もし今、「このままでいいのかな」とうっすら感じていらっしゃるなら、その感覚を大事にしてください。
その感覚が、動き始めるための最初のサインだと思います。
