わたしの書いたものを読んでいる人が【夢の話、または短編小説の種 #15】
わたしは前の週末、ウェールズのバンゴールという町に出かけた。行き先はマッドシャーク・レコーズというレコードショップだ。店主のジェフからミリー・スモールのアルバム『モア・ミリー』のイタリア版が入荷したと連絡がきた。
ロンドンからリヴァプールまで飛行機で飛び、かつてビートルズたちが躍動した街で一泊した。わたしは飛行機のなかでもホテルの部屋でもチェコ系フランス人の作家ハナ・ネドヴェドの『永遠の一日と、一瞬の一日と』という短編集を読み耽っていた。わたしが短編小説を書くときはいつだって彼女の筆遣いが頭の片隅にある。
リヴァプールからバンゴールまでは電車を乗り継いで二時間半ほどかかる。バンゴール行きの電車に揺られながら『永遠の一日と、一瞬の一日と』の「書くことについて書いたこと」というエッセイ的な作品を読み始めたとき、心臓をつかまれるような出来事が起きた。隣のボックスシートで、まだ二十歳そこそこに見えるカップルが話をしていた。
「この間、古本屋でおもしろい本を見つけたの」
「へえ、どんな?」
「短編集よ。作者の名前は……ああ、思い出せないわ。たぶんイギリス人で、でもどういうわけか日本を舞台にした作品を多く書いているの」
「それはおもしろそうだ」
女の子がいかにもリヴァプール的なアクセントで「literally」と言うのを聞いてわたしが感動していると、男の子が「男の作家?」と訊いた。女の子は肩をすくめて答えた。「それがわからないのよ。男性が主役の作品もあれば、女性が主人公の短編もあって、性別が簡単に判別できないというか。そうそう、ブルックだかなんだか、男とも女ともとらえられる名前だったような気がする」
わたしは話の内容に加えて「ブルック」という名前を聞いて少しだけぎくりとした。女の子は話を続けた。
「日本が舞台の話が半分以上はあったかな。すごく日本っぽい感じで書かれてる。なんというか、『生きることのミステリー』が描かれているのよ」
「日本の文学は嫌いじゃない。確か『The Bull and the Paving Stone』という作品を読んで感動した記憶がある。作者は……ホリーなんとかスキーとかそんな感じで、東欧風の名前だった気がする」
「そうなの? 今度読んでみるわ。私がおもしろいと思った本には、日本だけじゃなく、もちろんイギリスが舞台の話もあるのよ。赤々とした炎のように燃え立つ心をぶつけ合って、たちまち離ればなれになった恋を思い出すウェールズ生まれの女性が主人公の話とか、田舎でくすぶる初恋の人を無念に思うイギリス人編集者の話とか。なんというか……どれもこれも物悲しいのよね」
女の子がそのあと、短編集のタイトルを話すのを聞いて、わたしは驚きと感動が入り混じった気持ちになって、『永遠の一日と、一瞬の一日と』を落としかけた。女の子がリヴァプール訛りで言った「All That Lose」を書いたのは、このわたし自身にほかならない。その作者がわたしだということは、わたしと編集者のブルック・キーツ以外、この世で誰も知らない。
ひそかに小説を書き続けているわたしがどうにかこうにか出版までこぎつけられたのは、すべて失われる者たちによる一冊だけだ。女の子が「わたしが特に悲しいと思ったのは……」と言いかけるや、わたしは席を立った。自分が書いたものの感想を聞きたかったけれど、でも聞くべきではないと感じたからだ。
通路を歩き始めると電車がぐらりと揺れて、わたしは文字どおり倒れそうになった。
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