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故郷には帰らない【八〇〇文字の短編小説 #6】

グラスミアに帰らなくなってから、どれくらい経つだろう。朝の八時すぎ、ノーマンは右手を握って年数を数えようとし、親指、人差し指と開いてやめた。いつものカフェで、いつものベーコンエッグマフィンを食べながら、久しぶりに故郷を思い出した自分に少し驚く。

生まれ育った村には十年以上も帰っていない。大学で学ぶためにロンドンに出てきて、そのままロンドンの出版社に編集者として勤め始めた。最初は子ども向けの本を担当し、それからビジネス書を手がけるようになった。いくつか重版出来という結果を残したし、今ではひと角の編集者になったと自負している。ブレント・クロス、セブン・シスターズ、リヴァプール・ストリートと住まいを変えてきた。

苦味の効いたコーヒーを飲みながら、窓の外の風景を見るともなく見る。通り過ぎる人たちの服装から冬が近づいていることに気づく。ノーマンはグラスミアが心底嫌いなわけではない。豊かな自然に恵まれた湖水地方の、美しい湖が点在する観光地であり、何より詩人のウィリアム・ワーズワースが「人がこれまで見つけた最も美しい場所」にほかならない。

ただ──といつも考え直す。人生を謳歌するには狭すぎる。窮屈と言い換えてもいいかもしれない。ロンドンに出てきてからはもちろん、仕事を始めて以降、ドイツやイタリアを訪れるたびに広い世界に刺激を受ける。そしてそのたびに、才色兼備だった同級生のケイティが家庭の都合で大学を中退し、今ではグラスミアの土産屋でささやかに働いているという噂を思い出し、このうえなく残念に感じる。ケイティほどの才覚があれば、ロンドンでだって華々しく活躍できたはずなのに、と。

でも、帰れない本当の理由はほかにある。子どものころ、父と母が大喧嘩の末に離婚した。父はグラスミアを出た。母は自分が大学二年生のときに再婚した。ノーマンは生まれた理由が砕かれたような感覚を抱き続けてきた。だから、故郷には帰らない。

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