平和のサイレン
※昨年 X にも post したお話。
今日という日に、リライトして投稿します。
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約18年前。
私は長男が生まれてすぐに
旦那さんの仕事の関係で広島県に引っ越した。
広島市に囲まれているのに広島市ではない、
真ん中に飛び地のように存在する小さい町。
しかし今振り返ると
子育てするには非常に幸せな町だった。
旦那さんは出張で平日はずっといない。
ひとりも知り合いがいない町でワンオペ。
子育て支援の先生に
「ママほんとにひとりで大丈夫なの?」と
本気で心配されるような生活だったが
人生で唯一と言っていいくらい、
丁寧に暮らしていた時期だったように思う。
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広島生活初年度の8月6日。
5ヶ月の長男に離乳食を食べさせた後
部屋の中で遊んでいた時だった。
午前8時15分
町中にサイレンが響き渡った。
とっさに何が起きたか分からなかったが
TVの画面にうつった日付と時間を見て理解した。
1945年に
広島に原爆が投下された時間だった。
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私は大阪出身だが、原爆の話は学校でも聞いていた。
夏休みには特別登校日があって
『はだしのゲン』が上映されていた時代の人だから
知識としてはもちろん知っていた。
しかしその何十年後、まさに投下された土地で
投下された時間にそこに居合わせるなんて
全く想像もしていなかった。
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あの瞬間の空気の変化はハッキリ覚えている。
サイレンが町中に鳴り響く。
山が近かったから余計に反響していたのかもしれないが
一瞬にして町中が静まり返った。
他の生き物の存在が一瞬にして消滅し、
サイレンだけがうねっているように感じた。

私は膝の上の息子を抱き締めた。
この子達の命が繋がれてきた奇跡とともに
月並みながら、消えてしまった多くの命を思った。
思いを残したまま亡くなった方々
自分が亡くなった事すら気付かず消えてしまった方々
何とかして助かろうと彷徨ったであろう方々…
思考がまとまらないまま、ただただ涙が出てきた。
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サイレンはまだ響き渡っている。
広島では毎年この音を聞いて
「平和」「戦争」「核」に思いを馳せる。
無機質な音がかえって
ニンゲンとしての願いを増長させるようだった。
子供達をどうやって守ればいいのだろう。
次世代に何ができるのだろう。

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長男、次男とも小学校の修学旅行は広島県だった。
次男は中学校の修学旅行で長崎にも行った。
千羽鶴を捧げ、歌を歌った。
原爆の語り部の方のお話も聞いて、
それぞれが「平和」について考えたようだった。
地球上ではいまだ戦争が行われている。
日本にいるとどこか遠くの話。
ゲームの世界のような錯覚に陥ることもある。
しかしいま一度、地球上に生きる者として
真剣に考えなければならない。
きっと今日も響いたであろう
平和を願うサイレン。
私はあの日の涙と感情をずっと忘れない。
そして私も平和を願おうと思う。
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