🌱「学校に戻ってほしい」と願う…再登校の前に知っておきたい心の声
いきなり「再登校」できれば苦労はしないのだけれど…
当たり前のことなのですが
不登校だった子どもが再登校し始める時、
そのパターンは本当にさまざま。
私は「不登校は一括りにできない!」と
普段からお伝えしているように、
不登校自体、その原因、背景、経過は
多種多様であるわけです。
みんながみんな同じように進むわけはありません。
私は子どもが2人いて
不登校を3回経験しています。
その3回が3回とも全く違いました。
今回は「再登校」を目指すみなさんへ
我が家の3回の経験を踏まえ、
「再登校」できるようになったきっかけや
必要な要素などについて考えてみたいと思います。
長男1回目
■小5 五月雨再登校
小4で不登校になった長男。
当時の経緯はこちらの記事で👇
件の担任からは小5で解放され、
次の担任の先生は若くてアクティブなスポーツマン。
怒られることもあるけど、
休憩時間に一緒に遊ぶのがなんせ楽しい!
また、なんといっても友達が待っててくれている。
自分が登校したら喜んでくれる。
「自分もこのクラスで楽しんでもいいんだ!」
という安心感が芽生えたことが
一番大きな再登校のきっかけでした。
そこから徐々に五月雨登校の回数が増え、
朝は私が小学校に送り届けることで
登校できるようになりました。
(まだ登校班での登校は無理だった💦)
小6になってやっと
登校班の副班長として返り咲き(?)
毎日自力で登校できるようになりました。
小6の欠席は比較的少なかったんじゃないかな。
中学受験をした長男でしたが、
一般的に学校を休んで家で勉強する子が多い中
やっと登校できた学校が楽しくて
長男はあまり欠席せずに通うようになりました😊
長男2回目
■中1 起立性調節障害悪化
起立性調節障害が悪化して
中1の3学期から再び不登校になった長男。
中2はほぼ完全不登校でした。
しかし中3にかけて
少しずつ五月雨登校になっていきました。
実は長男が中3で五月雨登校になったのは
意外なきっかけでした。
それは…
■中3 コロナ禍の授業動画配信
当時、完全不登校だった長男は
「家で閲覧できるなら…」と
授業の配信を見てみました。
初めて開く教科書やノートとともに
タブレットの前に座る長男。
(この光景を見るだけでも嬉しかったです)
「え?…案外わかる!」
動画を見た長男は驚いて私の方を見ました。
長い間授業なんて出ていなかったので
とてもじゃないけれど自分はついていけないと
勝手に思い込んでいたんですよね。
でも配信された授業の内容は
(もちろん教科にもよりますが(笑))
自分でもちょっと頑張ればできそうだ!と
希望の光を見せてくれたのです。
この出来事が
長男の自信を少し取り戻すきっかけになりました。
その後五月雨登校になっても
教室に入ることはほぼできませんでしたが
別室で先生に教えてもらったり
プリントを解いたりするようになりました。
そして、中高一貫の高校に入学してから
私が登校サポートをしながら
教室で授業を受けられるようになりました。
◇◇◇
コロナ禍で不登校が増えたと言われていますよね。
確かに次男はそのタイミングで
不登校になりました。
でも実は長男のように
不登校だったけれど学校に行けるようになったり
教室に入れるようになったりした子ども達が
他校にもいたと聞きます。
コロナ禍は、社会にとっても大変な困難でした。
しかしそこから派生して生まれたことによって
何かが変わるきっかけにもなったと
言えるのかもしれません。
ここからは次男の現状のお話です。
現在進行形のことを少々詳しく書きますので
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