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12年後の自分が教えてくれた表現してる理由

マウントシャスタアートの制作が一段落しました。

制作したものは、依頼していただいた方とわたしの間の作品なので公開は、要相談。時が来たら。わたしのオーダーアートは、アカシックからの手紙のようなもの。なので秘密が書かれているような。そんな感覚なのでなかなか公開できないのです。

以前絵を購入していただいた方に、これ何か刻まれてますよね?と言われたことがあり、わかる人にはわかるんだ!と嬉しくなった記憶があります。

すべての絵に、瞑想体験で得たあの空間のエネルギーをいれているつもりなので、わたしと同じ領域にいる人にはわかるんだと思います。

これは、わかる人がすごいとかそういう話ではないです。

言葉にできないものを絵にしている。ので、テレパシー的な。伝わると嬉しくなります。

そんな何かが伝わった方と絵を通して繋がった時とても楽しいです。


表現の先にある体験

わたしのホロスコープは5ハウスに惑星が集中しているので表現をすることが生きることとイコールになっている。

むかしむかし友達に「いろんなことして何がしたいの?」と蔦屋で嫌そうに言われたことがある。このときのことを思い出しても、『何って、、、したいからしてるだけなんだけどな。』という記憶なんだけど、今だに時折思い出す。

最近インドで手に入れた本に、ハヌマーンチャリサという詩があり、気になり翻訳していた。翻訳しながら気になることがさらに湧いて調べて行くうちに「結果に執着しないこと、ただ、自分がするべきことをする。結果を神に委ね、自分は誠実に行為する」というバガヴァッドギーターの教えに辿り着いた。

これがまさに自分のしていることだな。と思った。先に書いた、「いろんなことして何がしたいの?」の答えはない。やりたいからやる。その先どうなるかまでは考えていないのは昔からだった。
むしろ考えると意欲が消える。とは言え、今はひとつ見ているゴール的なものはある。そこに向かってただやっていく。

当時していたことは今していないものばかりだけど、身についていることが多い。今こうしてアートや瞑想がメインになっていること、noteに言葉を発していることをその頃の自分は驚くと思う。驚くと共に喜ぶとも思う。

12年後の自分の声

最近、寝る時に「おやすみなさい12年後まで」と言って目を瞑った。

すると一気に12年後の自分の視点に入ってしまった。
そして12年後の自分になって12年間何があったか話をきいている自分がいた。すると

「え〜!!12年そんなに面白いのに飛ばしちゃったの!?体験したかった〜!!!!」

と泣きそうなくらい嫌がっていた。
ものすごく、残念なような悲しいような、不愉快な気持ちになっていた。

これはダメだと目を開けて、

なるほど、結果がどうなるかを知ることは重要じゃないんだ。
それ以上にそこまでの体験が面白いんだ。
すっ飛ばしてる場合じゃない。
楽しまないと。と思った。

結果より、過程を体験したいと確信。
それが楽しいとか嫌だとか関係なく、出来事を体験したいらしい。少し面倒。でも体験しなかったらとても体験したがっていたからしないよりした方が人生が面白いんだと思う。

結果は結果。そこにあるもの。でも過程は動いていく。揺れ動き、その瞬間しか味わえない。

わたしはその『過程』を体験するために生きているんだ。と12年後の自分から知った。

non-attachment to the fruits of action

行為の結果に執着せずに行動する。

この夏でギターを弾けるようになりたくて練習を始めた。昔父に教えてもらいアルペジオで何か古い曲を弾いたりウクレレを弾いたりしたけど好きな曲を弾けるようになりたい。Fmaj7が難しくて手こずっている。このコードを頑張ればEmとAmだけなのできっとできる。できるできる。体験を楽しむ。

ギーター始めました
ギターはじめました

瞑想的時間を日常に
Kaonanda Art
近々オーダーアートもはじめます⭐︎




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