依存症ライフ #1
依存症とは何か。厚労省のサイトによると、「特定の何かに心を奪われ、『やめたくても、やめられない』状態になることです」とある。
代表的なものとしては、アルコール、薬物、ギャンブル等がある、と。痴漢行為もまた性依存であると読んだことがある。
依存症には、アルコールや薬物など「物質への依存」と特定の行為や過程に必要以上に熱中する「プロセスへの依存」の2種類があるそうだ。しつこいが、痴漢はプロセスへの依存ということになるのだろう。
だからといって、単にガムシャラに勉強したり、スポーツに熱中することを依存症とは言わないだろう。本人の身体や心に悪影響を及ぼしたり、周りの人の生活に悪影響を及ぼすものが、依存症と呼ばれるのである。自身をコントロール(制御)できず、むしろ物質やプロセスの方にコントロール(支配)されてしまう。
肉体労働をしていたとき、現場にパチンコ中毒の人がいた。日当の全てをパチンコに費やし、それでも足りずに周囲から借金してまでパチンコに通うのである。
サラリーマン時代には、スマホゲーム依存症の同僚がいたな。毎朝睡眠不足の真っ赤な目で出社して、午前中こっくりこっくりして過ごしているのに、昼休みになると俄然とゲームを始める。仕事の能率も仕上がりもメタメタだったな……。
止めろと周囲に言われても当然止めることなどできやしない。この2人はその後、どのような人生を送っているのか。今どこで何をしているのか。
一体この依存症というものは、人間だけに見られる症状なんだろうか。野生の状態の動物が、なんらかの依存症になるということはあるのか。人間だけに見られる現象だとしたなら、それは発達した脳に関係があるのか。
ここらで、ちょっと自分の依存症ライフを振り返ってみたいと思う。
自分にとって最大の依存は酒とタバコだと思うが、それらを覚えるはるか以前、まだ幼い頃に依存していたのは、指を吸うという行為であった。
赤ん坊なら、指を吸ってもなんらおかしいところがない。それが小学校に上がっても指吸いを卒業できない。アメリカのマンガ『ピーナッツ』にライナスという小さな男の子のキャラがいて、外でも水色の毛布を手放さず、いつも右手の親指を咥えている。毛布という物質と指を吸うというプロセスへの、言わばダブル依存である。精神的に落ち着くのだろう。逆に言うと、毛布が手元になく、指吸いができない状態に置かれると精神が均衡を保てないということになる。
さすがに戸外では吸わなかったし、家でも寝るときだけだったと思うが、よく覚えていない。何歳頃に卒業したのだったか……。
フロイトに口唇固着という概念があるけれど、ある程度大きくなっても指を吸うことがやめられないというこの依存を、ある種の性格的な偏りと結びつけて考えるのもわからないでもない。
リビドーが口唇に集中する乳児期に充分な満足が得られないと、指吸いがやめられず、将来は自立心の弱い大人になるとか、喫煙・アルコールなどの習慣に結びつく、とかなんとか。
ほらね、科学的エビデンスはともかく、やっぱり喫煙とアルコールが出てきたよ。さあ、ヘビースモーカーで酔いどれのおっさんになったライナスを想像して欲しい、それがかんやんなのである。いや、かつての姿なのである。
あ、さすがに自立はしてます、念のため。
(続く)
