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その男、ツガル #2

「働かざる者、飲むべからず」の巻
およそ10年前、知り合った頃のツガルは、当たり前だが、今より10歳若かったわけだ。大工の手元作業や大道具の仕事など、まだまだ元気に働いていた。それが10年間に渡る酒と煙草の依存症ライフを送るうちに、まだ40半ばというのにすっかり老け込んでしまった。

もみあげと泥棒ヒゲには白いものが混じり、頭頂部はますます薄くなり、筋肉が落ちてやせ細った。細い腕など生っ白くぷよぷよで、肉体労働者のものとは到底思われない。

大量飲酒とチェーンスモークの影響だろう、手の甲の肌はガサガサ、指先は震え、足はむくんでいるし、肩がまわらない。衰弱の徴候は肉体ばかりではなく、精神も着実に現れている。すなわち、やる気がなくなった。労働意欲や音楽への情熱を失ったというより、生きることそのものへの気力を失ったというか。だけど、明るいのだ。ひたすら明るい。

彼と出会った『ポルカ・ドット』という店が閉店する前後、自分は仕事がナイト・シフトになったので、昼間の早い時間(眠る前に)に飲むようになったのだが、なぜだか、逆にツガルと頻繁に出会うようになった。

商店街の安い立ち飲み屋で、ウィークデイの真昼間から飲んでる連中は、案外少なくない。自分のように夜勤の者、平日休みの者、働いていない者、何をしているのか全くわからない者……。一口に働いていないといっても、人様々である。学生もいれば、人生上がりの者もいるし、ニートや生活保護受給者だと影で噂されている者もいる。そういう連中に混じって、ツガルはけっこう楽しげに昼間から飲んでいる。

軽作業や現場仕事のアウトソーシング会社に籍を置いていて、休みもわりと自由に取れるし、午前中のみの単発の力仕事や、時間縛りではなくノルマを達成すれば上がりの単純労働など、気楽に働いているようだ。そのような気楽さも祟ったのか、肉体と精神がどんどん緩み出した。

13時の開店から、すでに赤い顔をしていることが少なくない。飲むのは一番安いチューハイばかり、灰皿には吸い殻の山、つまみは最低一品の決まりだから、もちろん一番安いものを一品のみ。

「お! アニキ、席を温めておきやしたぜ!」
「いや、席ないし」立ち飲みだから。
「ガハハハッ」
気の良い人間だと思うが、このネタも何遍繰り返されたか、もはや覚えていない。

「あのさ、お前さ、最近よく会うけど、仕事の方はどうなってんの?」
あるとき、尋ねた。
「仕事? アニキ、働いたら負けっすよ。ガハハハッ」
「一体何時から飲んでるんだよ」
「ん? んー、飲まなきゃ負け、飲まなきゃ損、損」
「休肝日とかつくった方が良くないか。せめてさ、朝から飲むのは止めた方が良いよ」
どの口が言うかと思わなくもないが、アルコールで命を失った者を少なからず見てきたのである。しかし今さら無力感や徒労感にさいなまれたりはしない。

「ツガル、お前さ、この先のことをどう考えてるんだ?」
「この先? 親の遺産で悠々自適。ガハハハッ」
人生、なめてるな。でも、なんか、羨ましくもあるような。
「10年先の自分をイメージできるか。10年後の自分が何をやっているのか、何をやりたいのか、そこのところを考えて、今動かなければならない、動けるうちに。でないと……」
なぜだかツガルを相手にしていると、そんな聞いた風なセリフをつい口にしてしまう。
「10年後? ここで飲んでますよ。ガハハハッ」
「そうか、そうだな。それが一番だな、ふふ、ふふふ」

明るさは滅びの姿であろうか……太宰治だったか、右大臣実朝か……暗いうちはまだ人も家も滅亡しない。

故小田嶋隆氏の『上を向いてアルコール』というアル中体験談で、「このまま行くと、50で人格崩壊、60でアルコールによる脳委縮で死ぬ」と医者に告知されたというエピソードを思い出す。

「かんやんさん、聞きましたか?」
この立ち飲み屋の看板娘(と言っても、ツガルと同い年の人妻)にして、昼飲みの年金受給者たちのアイドルであるユリちゃんが、そっと声を潜めて話しかけてきた。
「ツガルさんのことですけど」
「ん? あいつがどうした」
「働きもしないで、ぶらぶらしてるでしょ。親に送金してもらったんですって」
「マジで? あの年で親にたかるとは、ほんとクズ」
ユリちゃんはさらに声を潜めて、「足が腫れて働けないとか、腕が上がらなくて仕事できないとか言って100万送ってもらったって。それでガールズバーとか、キャバクラとか入り浸ってます」
「だから最近見かけなかったのか。まさか、そこまでゴミだったとは」
なんかユリちゃんも、「ツガルくんが掃除さぼってました」と先生に告げ口する女生徒みたいだ。となると、自分は先生の役割なのか。それはともかく、ヒドい、ヒドすぎる話だ。足が腫れたの、腕が上がらないの、まったくのウソではないけれど、そもそも健康をまったく度外視したような自堕落な生活を送ってるからだろ。ある意味、オレオレ詐欺よりタチが悪い。

「お母さんには冷たくあしらわれて」
「そりゃ、そうだろうな」
「で、ガンで入院しているお父さんに直談判したって。『オレは実の息子だぞ!』って」
「もはや前代未聞の領域だな。そういうのって、なんていうのかな、うまい言葉が見つからないけど……」

オレオレ正直?

<続く>

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