「お父さん」という名の、不器用な背中♯4
― 言葉にならない想いが、そこにはあった ―
「お父さん」という存在は、
どこか遠くて、少し怖いものだったかもしれません。
母のように「大好きよ」と抱きしめてくれるわけでもなく、
いつも仕事で忙しく、家では黙って新聞を読んでいる。
けれど、あなたが大人になり、ふと振り返った時、
その沈黙の中に、どれほど深い祈りが込められていたかに気づくはずです。
これは、不器用すぎて伝わらなかった、父たちの「寡黙な愛」に触れる物語です。
1.「魔法の『おかえり』」
父は、私が何を話しかけても「ああ」「そうか」としか言わない人だった。進路の相談をした時も、結婚を報告した時も、父の反応は薄く、「冷たい人だ」とずっと思っていた。
ところが、父の葬儀の日。父の仕事仲間から意外な話を聞いた。
「鈴木さん(仮名)、あなたの自慢ばかりしてましたよ。娘が第一志望に受かった、娘が素敵な人と結婚する……って、お酒が入るたびに目尻を下げてね」
父の書斎を整理していると、私が幼い頃に書いた「パパへ」という拙い手紙が、色褪せたクリアファイルに大切に保管されていた。
言葉で伝えるのが下手だった父は、その分、誰よりも長く、深く、私の幸せを祈り続けてくれていたのだ。
あなたの「寂しい」という不満の裏で、誰が人知れずあなたの誇りを守っていましたか?
2.「真夜中の自転車」
中学の頃、塾の帰りに自転車のタイヤがパンクして、土砂降りの中、立ち往生したことがある。公衆電話から家に電話すると、出たのは父だった。
「……そこで待ってろ」
15分後、父は軽トラックで現れた。ずぶ濡れの私を助手席に乗せ、父は一言も発さず、ただ前を見て運転していた。家に着いてからも、「早く風呂に入れ」と言っただけ。
翌朝、玄関を出ると、私の自転車がピカピカに直され、タイヤも新品に替わっていた。
父の指先には、黒い油汚れが残っていた。
深夜、家族が寝静まった後に、父が一人で修理してくれたのだ。
「愛してる」なんて言葉は一度も聞いたことがないけれど、あのパンクを直してくれた指先の汚れこそが、父の精一杯の告白だったのだと、今なら分かる。
言葉にできない想いを、その人はどんな「行動」に変えて届けてくれていましたか?
3.「捨てられなかったネクタイ」
私が初任給で父に贈ったのは、安物の、少し派手すぎるネクタイだった。
父は「派手すぎて仕事には着けていけないな」と苦笑いして、それきりタンスにしまい込んでしまった。
それから十数年。父が他界し、形見分けをしていた時のこと。
ボロボロになった父の仕事用カバンの底に、あのネクタイが丁寧に畳んで入っていた。
母に聞くと、「お父さんね、大事な商談やここぞという時には、いつもそのネクタイをカバンに忍ばせて、『これがお守りだ』って言ってたのよ」という。
父は、私の贈り物を「使う」のではなく、「握りしめて」戦っていたのだ。
不器用な父が、社会という戦場で、娘の想いを力に変えていた。
そのネクタイは、父の汗と涙が染み込んだ、世界で一番価値のある布切れになっていた。
あなたが「無駄だった」と思ったその優しさを、大切に抱えて生きてきた人がいます。
4.「ビデオカメラ越しの視線」
子供の頃の運動会や発表会のビデオを見返すと、いつも映像が少し揺れている。
ズームが遅れたり、ピントが合っていなかったり。
「お父さん、撮るのヘタだね」と笑っていたけれど、最近気づいた。
ビデオカメラのファインダー越しに、父は必死に私を追いかけていたのだ。
自分の肉眼で私を見たい衝動を抑え、後で私が、そして母が喜ぶために、重いカメラを何時間も構え続けてくれた。
ビデオの中の私はいつも主役で、父の姿はどこにも映っていない。
けれど、画面の端から聞こえる父の「頑張れ!」という掠れた声。
父は、自分の人生の時間を削って、私の「輝く瞬間」を記録することに徹してくれた。
映っていない父の存在こそが、この映像の一番の温もりだった。
あなたがスポットライトを浴びている時、暗闇で重い機材を支え続けてくれたのは誰ですか?
5.「最後の晩酌」
実家に帰るたび、父は「酒を飲もう」と誘ってきた。
私は仕事の疲れを理由に、「また今度ね」と断り続けていた。父は寂しそうに「そうか」と言い、一人で晩酌をしていた。
父が急逝し、実家の冷蔵庫を開けると、私が好きだった銘柄のビールが一本だけ、キンキンに冷えたまま残っていた。
「いつ帰ってきてもいいように」と、父が毎日欠かさず冷やし直していたものだと母から聞いた。
最後の一本を、私は父の遺影の前で開けた。
一口飲むと、喉の奥が熱くて、痛かった。
父が欲しかったのは、お酒の味ではなく、大人になった息子と向き合って語らう「時間」だったのだ。
その「あと三十分」を、私はなぜ作れなかったのだろう。
「今度」という言葉で、あなたは大切な人の、どれだけの「最後のお願い」を先送りにしていますか?
第4回は、男性特有の「言葉にしない(できない)愛」に焦点を当てました。
父親との確執や距離感を感じているあなたが、「もしかしたら、あの沈黙も愛だったのかもしれない」と、過去を書き換えるきっかけになれば嬉しいです。
