【人間観察】「5時に夢中!」岩井志麻子さんに学ぶ、しがらみを凌駕する圧倒的自由度
こんにちは、観察屋です。
関東に引っ越して来て、私の日常にひとつのカルチャーショックをもたらした番組がある。TOKYO MXの『5時に夢中!』だ。
「本当に現在17時台なのだろうか?」と自身のタイムゾーンを疑うほど、地上波の夕方帯に下ネタが乱れ飛ぶアバンギャルドな放送コードには、ただただ圧倒されるばかり。
レギュラーコメンテーターもゲストも、エキセントリックという言葉では括りきれないほどの個性を放っている。そのカオスな空間において、コメンテーターのグルーヴに絶妙な塩梅で乗っかる垣花アナウンサーと、いかに下品なトークがヒートアップしようとも「はいはい」とアイロニーを含んだ冷めた視線で受け流す大島アナウンサーのコントラストが見事だ。これほどまでにエンターテインメント性の高い情報番組が存在したとは、まさにパラダイムシフトであった。
関西圏での居住経験がない同僚は、「『5時に夢中!』って、なんだか関西っぽいノリだよね」と評していたが、私に言わせれば全然違う。
関西のお笑いというものは、ノリ・テンポ・オチという三拍子が義務教育レベルで染み付いた、ある種の「平和な予定調和」の上に成り立っている。夕方の情報番組でここまでタブーなきトークを展開する番組は、少なくとも私の観測範囲には存在しない。最大限の賛辞として言うが、『5時に夢中!』のやりたい放題なアナーキーさは、関西のそれとは明確に一線を画している。
そんな同番組の中でも、私が特に偏愛しているのが、岩井志麻子さんと中瀬ゆかりさんが登板する木曜日。木曜日の放送だけは、TVerのマイリストに登録し、欠かさずキャッチアップしている。
なぜ木曜日なのか。それは決して、志麻子さんの放つ下ネタが好きだからではない。
彼女は、人間が囚われがちなバイアス(思い込み)や「こうあるべき」という同調圧力を一刀両断し、我々が無意識の底に沈めてしまっている感情や事象を鮮やかに言語化する、類稀なる天才なのだ。その鋭利な洞察力の裏側には、他者に対する深い受容と慈愛が隠れている。画面越しに彼女を観察していると、「この人は、底知れぬ優しさを持った人物なのだろう」という確信めいた思いが湧き上がってくる。
息をするように下ネタを放ち、他局の番組では豹(ヒョウ)のコスプレで闊歩する。それは単なる奇をてらったパフォーマンスではなく、他者の評価軸(パブリックイメージ)から完全に解き放たれているからこそ到達できるクリエイティビティの境地なのだろう。「世間のしがらみなどクソ喰らえ」という、彼女の確固たるコアバリューがそこには透けて見える(もし私のプロファイリングが間違っていたら申し訳ないが)。
志麻子さんの圧倒的な解放感と比べると、私自身の「自由度」はまだまだ発展途上だと言わざるを得ない。
周囲のノイズをシャットアウトし、その時々で自身のアンテナが反応した対象を、もっと強烈に、そして貪欲に突き詰めていっても良いのではないか。彼女の姿は、私が今後どう生きていきたいのかというキャリアや人生のビジョンを、改めて内省するトリガーとなっている。
私もいつか、あんな風に軽やかに、そして本質を突いて生きていきたい。
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