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聖域なき「直撃」はどこへ? 問われる関西テレビの報道姿勢

犯罪者にはマイクを向ける勇気、身内には向けない沈黙

関西テレビの報道陣が、社会的な事件を起こした容疑者や関係者に対して、時に激しい「直撃」取材を敢行する姿は、視聴者の記憶にも新しいことでしょう。

その映像からは、真実を追求しようとするジャーナリストの気概を感じることができます。

しかし、その「報道の剣」は、どうやら自らの足元、そして系列の枠内になると、途端に鞘に収まってしまうようです。

近年、系列親会社であるフジテレビを巡っては、内部告発、ハラスメント疑惑、あるいは制作におけるコンプライアンス違反など、視聴者や社会に対する説明責任が問われるような不祥事が報じられています。
これらは、まさに公共の電波を預かる企業としての信頼を揺るがす重大な問題です。

にもかかわらず、関西テレビのニュース番組で、これらの問題が独立したニュース項目として、あるいは批判的な視点をもって取り上げられることは、極めて稀です。

報道の「ダブルスタンダード」

ここに生じているのは、明確な「ダブルスタンダード(二重規範)」です。

  1. 外部の犯罪者: 執拗に追及し、「直撃」という形で視聴者の目の前にその姿と声を晒す。
    これは
    「社会の木鐸」としての責務を果たす行為に見えます。

  2. 系列内の不祥事: 関連報道は最小限に留まり、自己検証や批判的な報道は行われない
    これは「企業防衛」の論理に他なりません。

「公共性」を謳い、ジャーナリズムの使命を掲げる放送局が、自らにとって都合の悪い真実、特に系列会社という「身内」の問題に対しては、その追求の手を緩める。
これは、「報道の自由」と「企業の利害」の境界線が曖昧になる瞬間であり、視聴者に対する裏切り
にも等しい行為です。

視聴者の信頼は「聖域」の向こう側

視聴者は、報道機関に対し、権力監視だけでなく、メディア自身の監視も求めています。
系列会社の不祥事を報じない姿勢は、「私たちは、自分たちにとって都合の悪いことは報じません」と公言しているのと同じです。

関西テレビは、その報道の対象を、加害者や犯罪者という「他者」だけに限定するのではなく、公共の信頼を損ねた「組織」という内なる問題にも向けなければなりません。

真のジャーナリズムとは、「誰に対しても、例外なくマイクを向ける勇気」を持つことです。
系列という名の「聖域」を設け、その陰で沈黙を守る限り、関西テレビが外部の犯罪者にどれだけ激しく直撃取材を行ったとしても、それは「弱い者いじめ」の誹りを免れず、失われた視聴者の信頼
を取り戻すことはできないでしょう。

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