英語50年史|第8話 保護者席に案内された新入生
1986年4月、私は大学に入った。ここではまず、革ジャン姿の入学式から、TOEICとの最初の出会い、そしてこの年の追い風までを書く。
入学式と大学の空気
1986年4月、私は大学に入学した。
入学式だ。スーツなんか持っていなかった。だからいつも通り、革ジャンにジーンズ、ひげづら、その格好で行った。
すると、いきなり保護者席に案内された。 「私、新入生なんですけど」
保護者席の保護者たちは着飾っていた。新入生たちもスーツを着ている人が多かった。私はそんな中で全くの異物が混ざっている感じだった。でも、楽しかった。
その時私はすでに22歳だった。周りの新入生から見れば、まあおっさんである。ひげづらの。
翌日、オリエンテーションがあった。大学でもホームルームというのがあるんですね。学部は経済学部だった。1986年当時の経済学部というのは、女子がほとんどいなかった。
私のホームルームには女子は2人だけだった。それでも他のホームルームよりは多い方だったらしい。女子ゼロのクラスもあったようだ。
もちろん、速攻でその2人の女子のところに行って友達になった。彼女たちは私のことを面白そうな人だと思っていたようだ。
なぜかその周りにいたやつら7、8人が、なんとなく私を中心にグループみたいになってしまった。私はすぐに彼らにあだ名をつけたりして、仲良くなった。
ほとんどが他府県から来ている学生たちだったので、新しい大学生活に不安もあったんだろう。私が声をかけると、みんな嬉しそうに仲間になった。もうその週のうちに、みんなを連れて居酒屋に飲みに行った。
女子の一人は、高校の時にアメリカに留学していたそうで、かなり発音がネイティブっぽかった。私は早速、自分の英語を聞かせて、どうだ、うまいだろうと自慢していた。もちろん褒めてくれる。当たり前ですね。お世辞を言うしかない。
高校時代の女神を求めていたのかもしれない。彼女だけは、お世辞ではなく、本当にまっすぐ褒めてくれた。あの感覚を、どこかでまた探していたのだろう。
その女子たちは妹みたいな感じだった。彼女たちも私のことを、お兄ちゃんと言って慕ってくれていた。
ここまでは、あくまで大学の雰囲気の話である。
TOEICとの最初の出会い
大学入学後、初めてTOEICというテストを受けた。何のテストかも分からず受けたのだが、結構面白かった。
写真とかいっぱいあって、リスニングがものすごく長くて、リスニングが好きだった私にはぴったりのテストだと思った。
点数はたぶん550点ぐらいだったと思う。面白いテストだったので続けて受けた。すると650点くらいになった。テストに慣れたら100点ぐらい上がるのかと思った。
テストに出てきた単語は、読んでいたアメリカの雑誌なんかに書いてあることが多かったので嬉しかった。つまり、日本の入試問題には出ないような単語なのである。
1986年という追い風
この1986年という年は、私には非常に大きかった。前年のプラザ合意で円高が一気に進んだ。しかもここからバブル景気に入っていく。
本当に運がよかった。2年後、私の夢がかなうことになる。
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