【短編小説】どうせなら晴れた日がいい
「晴れた日になるといいわね」
それが母の口癖だった。
家族で出かける動物園や遊園地。
普通に考えて晴れた日の方が楽しいに決まっている。どのお母さんでも同じことを言うだろう。
もっとも僕の母の場合は少し違う。
願いの想いがもう少し強い。
筋金いりの雨女の母の大事な日は、いつも雨になるからだ。
僕が楽しみにしていた動物園も博物館になったし遊園地は水族館になった。
一度だけ駄々をこねた僕のために家族で雨の動物園に出かけたことがある。
無言で惨めに濡れているゾウやキリンを見ているうちに、僕は大人の言うことに逆らってもあまりいいことはないのだと学んだ。
華奢で小柄で、後ろから見たら中学生にも見える母は、あまり聞くことのない病名を家族に紹介する名人だった。
反復性月経随伴性気胸や左顔面非定型歯痛。
舌を噛みそうな名の病気と、僕の知る母はいつも果敢に闘っていた。
母が余命宣言をされた時の病気は、意外にも誰でも知っている病名だった。
父と僕はむしろ拍子抜けしたが、その病気に罹る人が多いからと言って深刻さは減らない。
ネットで知ることのできるたくさんの症例と同じ道をたどるという、今までにない経験の中、僕たちの期待を嘲笑うように病気は母の体力を削り取っていった。
そんな母がある日、「晴れた日にいきたいわ」と言った。
緩和病棟に入院する前日のことだ。
いきたいが「行きたい」なのか「逝きたい」なのかを聞く勇気は父にも僕にもなかった。どこかに行く体力はどう見ても母には残されていない。答えは明らかだった。
日増しに表情の深刻さを増していた担当医が僕たちにそっとあることを告げたのは、ちょうど気象庁が梅雨入り宣言をした日のことだった。
慌てて調べると、先三日間の天気予報は見事に雨。
父と僕は病院の廊下でスマホを握り締め、ため息をついた。
だが母は晴天の日に逝った。
正確には、既に目をほとんど開けることができなくなっていた母の瞼の裏には青空が拡がっていたらしいのだ。
「晴れたわ。今日の動物園はきっと楽しいわね。日焼け止めをぬりましょう」
意識のさだまらない母は、ベッドの上で指先をかすかに動かしていた。
長い間そう言いたかったのだろうか。
晴れた日に出すつもりだった言葉をずっと心であたため続けていたのかもしれない。その表情はとても穏やかだった。
窓の外ではしとしとと雨が降り続いていた。
絶対止んでなるものか。雨雲たちの固い決意が見えるほどの暗い空が、僕たちの時間の感覚を失わせていた。
僕たちが看護師たちと入れ替わりに肩を落として病室を出たのは夜中のことだった。今日が長い一日だったことに僕たちはようやく気がついた。
「晴れた日に逝きたい、じゃなかったのかもな」
力なく腰かけた父が呟いた。
僕は父の次の言葉を待った。
「母さんはさっきお前を連れて動物園に行っただろう。晴れた日にお前を連れて行けなかったのがそんなにも心残りだったのかな」
そうかもしれない。
僕はうつむいた。
本当はそんなことどうでもよかったのに。
博物館も水族館も楽しかったし、雨の動物園もすいていてそれなりにいい思い出になったのだから。
ぽつりと涙がこぼれた。
雨の降り始めのような涙だった。
最初は少しずつ。しばらくするとまるで土砂降りのように次々と。
窓の外の雨も降り止む気配はまるでない。
「やっぱり母さんは雨女だな」
父が何も見えない窓を見つめ、小さく呟いた。
<了>
文字数1412字
最後まで読んで下さってありがとうございました。
シロクマ文芸部さん企画の参加作品です。
お題は、「晴れたの日に」から始まる創作でした。
シロクマ文芸部さん、いつも楽しい企画をありがとうございます!
