【ショートショート】 猫にこんばんは
午前二時になると、僕は窓から抜け出して散歩に出る。
家族の寝静まった時間だから玄関から出てもいいのだが、母は眠りが浅い。見つかって外出の理由を聞かれるのも説明するのも面倒だ。なによりも窓から抜けだした方が冒険気分になれることが気に入っている。
夜の空気は鋭い。
冬本番はまだなのに親切にも練習させてくれているよう。
きっと受験の当日の寒さはもっと厳しいから慣れておいて損はない。
散歩のコースはいつも同じだ。
昼間の賑わいの消えた不気味なスーパーを横目に、コンビニの前を通らないで済むように反対車線に渡って歩く。
夜中のコンビニってどうしてあんなにも危なげに見えるんだろう。昼間のつい寄りたくなる空気から、あれほど見事に反転する場所を僕はほかに知らない。
勉強で疲れた頭をすっきりさせるために始めた散歩だが、最近違う目的ができた。
ある猫に挨拶をするためだ。
その猫はいつも屋根の上に座っている。
夜中二時になると、まるで月が猫を追ったように月は猫の姿に重なる位置にきている。
満月の夜の、大きな月に抱かれている猫はとりわけ見事だった。
全身を光らせている姿を見て、僕は猫にこんばんはとつい声をかけてしまった。
猫は振り返りさえしなかったが、その後家に帰ったら勉強がいつもよりはかどった。
それ以来毎晩猫に会いにいくようになった。
ちょっとした願掛けのようなもの。
猫がいない夜もある。
そんな日はがっかりする。
馬鹿げたおまじないだって分かっている。
でも受験生なんて不安でいっぱい。
母親の励ましの言葉なんてプレッシャー以外のなにものでもない。
自分が安心したくて口から出している言葉が、実は息子を余計に不安にさせているなんてきっと思いもしないのだろう。
今夜は三日月だ。
細い光の下で、もしかしたら猫が月に腰掛けているように見えるかもしれない。
僕は心を躍らせ足を速める。
猫にこんばんは、と今夜も言えるといいなと思いながら。
<了>
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最後まで読んで下さってありがとうございました!
アマノ文筆クラブさんの企画に参加させていただきました。
お題タイトルは、猫にこんばんは です。
前回はルールを理解しておらずタイトルを変えてしまい大変失礼しました。
今回再挑戦です。
甘野充さん、楽しいお題と企画をありがとうございます!
