【ショートショート】 コーヒーで分かるはずない
「コーヒーになにを入れる?」
「今日はこれもあるし、ブラックでいただくわ」
愛梨は目の前のダークチョコレートのケーキを指さした。
「いつもは違うの?」
「その日によって」
「いいね。そういうの」
ブラックで飲む日と稀にミルクをほんの少しだけ入れる日の二種類しかないのだが、ひねくれもののせいだろう。
君のコーヒーの好みはブラックなんだ、ということはこういう性格の人? などと決めつけられるのが嫌だった。
親友の紹介で知り合った男性。
二十代ももうすぐ終わるのだから、違う未来をほんの少し考えてみるのもいいんじゃない?
最近結婚した女友だちに言われた。
同じ美大仲間で愛梨よりももっととがっていたのに、さっさと結婚して。
そう思っていたが、肩の力がいい意味で抜けてイラストレーターとしての才に磨きをかけている彼女を見て、ふと耳を傾ける気になった。
リリーのような女性だね。
一本でも華やかだけど大きな花束になっても輝けそう。
初めて会った日の夜に彼が言ったというその言葉が、本当は心が震えるほど嬉しかった。
男の褒め言葉にほだされるつもりはないが、今まで誰にも言ったことない、自身が目指している女性像に近づいているようで嬉しかった。
五歳年上と聞いて、ひるむ想いはあった。
同年代の男性は物足りないが、年上の男性は何もかもを知った振りをすることが煩わしい。
そのせいかもしれない。
会うたびにコーヒーの好みを変えた。
オーツミルクのカプチーノ。
カフェインレスをブラック。
ソイミルクでアイスコーヒー。
「今日のコーヒーはなににする?」
さて何にしようか。
イタリアンのディナーの後だから、本当はブラックコーヒーが飲みたいけれど。
彼の目元に好奇心が浮かんでいるのが分かった。
いっそそれほど好きでもない紅茶にしようかと思った時、
「ダークチョコレートのタルトを食べようかな。君はどう?」
と彼が言った。
「私はお腹がいっぱい」
「一人で食べるには多いから、少し食べてくれると嬉しいけれど」
少しなら。
愛莉は頷いた。
「コーヒーはどうする?」
「じゃあブラックで」
彼はニコリと笑った。
何もかもを見透かされた気がした。
急に肩の力が抜ける。
「本当はブラックコーヒー派なの」
「うん」
「気づいてた?」
彼は愛梨の目を覗き込むと、「実は知ってた」と言った。
ブラックコーヒーとダークチョコレートの好きな子だからよろしくね、と聞いていたと。
あーやられた、と愛梨は思った。
恥ずかしい。
「それなのに毎回違うコーヒーをオーダーするなんて、いいよ。そういうのすごくいい」
嬉しそうに笑う。
「じゃあもう二度と他のコーヒーは飲まない」
「うん。必要ない。これからは自然体でいてくれた方が嬉しいな」
どういう意味なんだろう。
聞こうかと思った瞬間、彼は軽く手をあげて、
「すみません。ダークチョコタルト一つとブラックコーヒーを二つください」
と言った。
<了>
本文1180文字
最後まで読んで下さってありがとうございました。
シロクマ文芸部さん企画の参加作品です。
お題は、「コーヒーに」から始まる小説(など)。
シロクマ文芸部さん、楽しい企画をありがとうございます!
