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【ショートショート】 エクレア食べたい 


人の家に匂いがあるように、国にもその国だけの匂いがある。
精密機器を製造する会社のエンジニアとして、世界中の国を出張で訪れているうちに、俺はそのことに気がついた。

知らない匂いに囲まれているということは、常に異国を感じることでもある。そんな生活はさぞ疲れるだろうと心配してくれる人もいるが、慣れると案外楽しいものだ。

ストレスをためない秘訣は日頃の習慣を守ろうとしないこと。
文化や習慣の違う国にいていちいち腹をたてても仕方がない。
できるだけ気持ちをオープンにして現地の文化や食べものを楽しむようにしている。思い出しさえしなければ、案外平気なものなのだ。

その意味では、今回の出張は最初から失敗だった。
エクレアが食べたいと、出発の数日前にふと思った。
お気に入りは家の近所の洋菓子店のもの。俺にとっては世界一のエクレアだ。
出張前に買うつもりをしていたのに、仕事が忙しくて帰宅する時間に店はいつも閉まっていた。

エクレア、エクレアと思いつつ空港に向かった。
空港のコンビニでエクレアを見かけたが買わなかった。
浮気をするような後ろめたさを感じたからだ。
一週間後に帰宅したらすぐに買いに行こう。そう決めて我慢した。

日本のスイーツは最高だ。
生地のこだわりも甘さ加減も、繊細で思いやりに満ちていて、最近ではスイーツこそが日本人をもっとも的確に表しているのではないかと思うようになった。
海外のエクレアは、時に見た目と味との落差が激しい。エクレアの上にアイシングのようなチョコレートがかかっていることもあって、落胆することが多いのだ。

エクレア食べたい。
俺は仕事をしながら何度も思った。
エクレアへの思慕をごまかそうと現地のスイーツに走ったがこれは逆効果になった。出張が中近東の国だったので、パイ生地にシロップをたっぷり染み込ませたバクラヴァなどを食ったが、おかげで日本独特の甘さがよけいに懐かしくなってしまった。

一週間の辛抱だ。そう思って頑張った。
ところが予定が変わった。思いの外メンテに手間取ってしまっただけでなく、ついでに他の客先にも行ってくれないかと上司に言われてしまったのだ。
結局三週間もの長期出張になり、その間、俺の脳内には寝ても覚めてもエクレアがちらついていた。

シートベルトのサインがつき、少しずつ機体が高度を下げ始めた。
ようやく日本に帰れる。エクレアが食えると思うと胸が高鳴った。

機体は揺れながら雲の間を抜けていく。
もうすぐ、もうすぐだ。
俺は心躍らせた。

その時、急に機体が上昇し始めた。
混乱していると、機内アナウンスが始まった。

「お客様にお知らせいたします。天候不良により、ただ今から目的地空港への着陸を断念し〇〇空港へ向かいます」

俺は座席でがっくりと首を垂れた。
遠ざかっていく雲が、エクレアの形をしていた。

エクレア食べたい。
俺はむなしく一人呟いた。

<了>

文字数1166字


最後まで読んで下さってありがとうございました!

アマノ文筆クラブさんの企画に参加させていただきました。

お題タイトルは、【エクレア食べたい】 でした。

甘野充さん、楽しいお題と企画をありがとうございます!

#アマノ文筆クラブ

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