【ショートショート】 鍋の具テスト
「鍋の具はなにが好き? 母親から聞いておいてって言われてるんだけど」
彩音は言葉をつまらせた。
半年前に友だちの紹介でつき合い始めた彼。
会った日に、この人とは気が合うと直感した。
共通の趣味のボルダリングをするうちにさらに意気投合、心地よい関係を築いていると感じていたところだった。
両親に紹介したいから食事に来ないかと誘われたのは先週のことだ。
彼の自宅での夕食。寒くなってきたし鍋をする予定だという。
親に紹介するというくらいだから、彩音との仲を真剣に考えてくれているのだろう。それは嬉しいが、親に会うのは緊張する。
彩音の両親は二人とも偏食で、必ずどちらかが苦い表情で食事をしているのを見て育った。
場を和ませるためになんでも食べるようにしていたら、嫌いなものがなくなったのはいいが、食事を共にすると人のいいところも悪いところも見えてしまうものだということも彩音は知ってしまった。
鍋の具材か、と考える彩音の脳に野菜や魚介類が浮かんでは消えていく。
食事の好みを伝えるのって案外難しい。
具材の一つだけを強調するのって何か変な気もするし。
「……ごめん。そんなに難しい質問だった?」
困った顔をしていたのだろう。彼が不安げな表情で彩音を見ていた。
「難しくないけど、選ぶとなるとハードルが上がるというか。頭の中で今ちょうど青菜類とキノコとマロニーがレース始めたばかりで。ちょっと待ってね」
呆気にとられた表情の彼。
やばい。やっぱり変だったかな。
そう思った瞬間、彼が爆発したように笑い出した。
「質問が悪かったね。嫌いな鍋の具材ある? って聞くべきだったよ」
「ないない。なんでも食べる。ってかなんでも好き」
「母親から、嫌いなものと食べられないものを聞いておいてって言われていたのに、つい好きなものがあるならたくさん用意したいなって思っちゃって」
「あっ。そうだったの。全然大丈夫。そもそも嫌いなものなんてないし」
思いがけなく力説してしまったことに気づき、彩音は顔を赤らめた。
「分かった。そう言っとく。うちの母は好き嫌いなくたくさん食べる子が好きなんだ。きっと喜ぶよ」
彼の笑いを含んだ声に、彩音はさらに頬を赤らめた。
「ねえ。デザートになるものを持って行きたいんだけど、お母さまはなにが好き?」
えー。と首をひねる彼。
甘いものは全体的になんでも好きなんだよなあ。和菓子も洋菓子もオッケーだし。困った表情の彼。
「いい! 気にしないで。私、自分がおいしいと思うものを選んで持って行くから!」
彼の表情が明るくなる。
「鍋の具は任せるから、デザートは任せて!」
彩音はそう言った途端、心がふわりと軽くなるのを感じた。
<了>
文字数1090字
最後まで読んで下さってありがとうございました。
シロクマ文芸部さん企画の参加作品です。
お題は、「鍋の具は」でした。
シロクマ文芸部さん、いつも楽しい企画をありがとうございます!
