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ポリシーなんて、誰かの一言で揺らぐよね

駅のホームで
パンの耳を食べている若者がいたら
それは美大予備校生です。

少なくとも
わたしが美大予備校に通っていた頃は、
そういう人たちが本当にいました。

というか、わたしもそのひとりでした。

石膏デッサンでは木炭を使うんですが、
それを消すときに食パンを使うんです。
消しゴムより、やさしく消せるから。

そして食パンは白い部分だけをちぎって使うので、
耳の部分は毎回、袋に残るんです。

で、その残った耳を、帰り道に食べてたわけです。
駅のベンチに座って、ワイワイ喋りながら
ボソボソしたパンを食す。

誰かが「バター塗ったらうまいのに」と言っても、そんな贅沢はしない。
口の中が乾きすぎて、麦茶を分けてもらったりしながら笑いあって。

なんかそういうのが
ちょっとした楽しみだったんです。

「今日の石膏、完全にこっち見てたよな」
とか言い出す子がいて、
それに「いや、むしろ寝てた」とか返したりする。

……まあ、いま冷静に振り返ると
ホントにどうでもいい会話だ。


そんなふうに、パン耳はわたしたちにとって
ちょっとした文化みたいなものでした。

でもある日、予備校の先輩と話していたとき、
彼女が駅のホームでパン耳を食べている予備校生を見て、こんなことを言ったんです。

「なんかさ、ああいうの、品がなくて好きじゃないのよね」

……えっ、まじですか。
わたし、昨日まで食ってたぞ。

でもわたし、「で、ですよねー!」とか言っちゃったんですよ。笑顔で。
そのへんの反射神経、我ながら優秀だ。

そしてその日から、わたしはパン耳を食べるのをやめました。
その先輩、絵がすごくうまくて、ちょっと尊敬していたんですよね。

だからか、わたしはポリシーを簡単に曲げちゃいました。

あんなにもりもりパン耳食べてたくせに。
先輩の一声で、さらっと方針変えるなんて。
うすい、うすすぎる、わたしのポリシー。


で、それからしばらくして、何かのはずみに、
仲の良い予備校仲間にその話をしたんです。

パンの耳食べるのって下品らしいよって。
そしたらその子は鼻で笑って、こう言ったんです。

「そいつ、スカしてんな」

……えっ。

いや、あなただって、
あの先輩カッコいいって言ってたじゃん。
でも、その人をバッサリ、「スカしてる」で切るの?
あなたは、あの人への尊敬より、パン耳食べる方を取るの?

…え?
……わたしも、そっちのほうが、よくない?
(パン耳食べれるし)

やっぱ…、あの人、スカしてる…よ…ね?



ということで、わたしはまたパン耳を食べはじめました。

正直、あの「パン耳食しながらウダウダ語る会」に戻れたのは、うれしかった。
「パン耳うまい」って言いながら、
またくだらない話しながら帰れるって思ったら、ホッとした。

だって、若い頃の
同じ志を持った仲間と話す時間って、
あとから振り返ると、けっこう貴重
でしょう?

そして大人になった今、こう思うんです。

パン耳たべてたわいもない話していた時間、
ホントにたのしかったなって。


それから、駅のホームでパン耳かじるのって、やっぱり品がないよねって。


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#あの頃のわたしへ
#エッセイ


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