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投資 VS. 資産形成

トウシと
シサンケイセイ。

語の響きは
同じように感じられます。
しかし異なる意味を持つものかもしれません。

今日はその違いを掘り下げたいと思います。

人とお金の付き合い方は
まだまだ「発展途上」です。

私たちは
進みつつある歴史の途上にいるわけです。

先人が文明を手に入れ、
技術が発達したおかげで、
ふつうの庶民も
「お金を貯める」選択肢を持てるようになりました。

しかしそれは、
ここ200年くらいの話にすぎません。
(それまではただ生きるだけで精一杯でした)。

その後、
お金の余裕を持った一部の人たちが
「貯める」から「お金を殖やす」を覚え始めます。

この初期の頃の「殖やす」は、
目先の利益優先の、
ある意味肉食系的な行為でした。

・情報に機敏に反応し
・短期で大きく儲けようとする
・度胸をもった決断

「これが投資だ」。

という、
原始"投資的"なイメージです。

元気満々で
自信満々で、
「殖やす」に邁進する人が(まずは)出てきたわけです。

その後、一部の国では
「殖やす」から発展して、
「お金を育てる」という新しい習慣を身につける人が出始めます。

(20世紀後半あたりからでしょうか)。

具体的には、
こんなイメージです。

・自分の老後の生活を守るため
・インフレ(物価上昇)に負けないため
・10年、20年という長い時間軸で
・資金を持続的に積み上げていく

このような志向の人は、

・情報に機敏に反応し
・短期で大きく儲け
・度胸をもった決断をする

原始の"投資"を志す人とは違って、

【元気満々】
【自信満々】ではありません。

——本当はちょっと怖いけど、
まあ必要だからやらないといけないかな・・という『気分』を持った人たちです。

期待6割・不安4割で
自分で自分を引っ張っていく姿が
そこには見え隠れします。

「防衛的な利殖行為」とでもいいましょうか。

これがお金を育てる・・、
『資産形成』と呼ばれる行為です。

お金を増やしていくことを、
感性や才覚で捉えるのではなく、スキル(技術)として落とし込む。

原始的な"投資"と
"資産形成"は明らかにこの点が異なります。

そして、
逆説的なのですが、
肉食的な自信満々の「投資」がある程度普及しないと、
この「資産形成」の普及は起こり得ないのです。

あるいは、
別の視点から俯瞰すると
発展のステージが異なる国々では、
それぞれが異なる「投資的土壌」を有します。

たとえば一例ですが、
今のカンボジアでは、
原始的"投資"がまだまだ優勢でしょう。

しかし、
スロバキアやクロアチアや、
マレーシアや中国の都市部などでは、
『資産形成的な考え方』が、
カルチャーとして根付き始めているかもしれません。

翻って日本という国においては、
この10年程で資産形成的な振る舞いが定着した感があります。

「資産形成には興味なし。
とりあえず投資!」
という人より、

「投資はあんまり興味ないけど、
資産形成はやっておいたほうがいいかな」
と感じる人のほうが、

「数」としては多いはずです。

これは、
日本という国の文化資本的「成熟」の証左といえるでしょう。

最後に、
資産形成の真の意味合いは、
「長期的にお金を育てる」のみではありません。

育てた資産を"収穫"すべく、
計画的に資金を取り崩し、
実際の暮らしに役立てるまでが語意としての「資産形成」なのです。

まだまだ越えるべきハードルは残されています。

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カン・チュンド サポートありがとうございます!あなたのチップがわたしのガソリンです(笑)