江戸の町のいろいろな商売~江戸の古川柳「誹風柳多留」より
江戸の町には多くの人が集まり、武士だけでなく町人も多くなった。それにともない、いろいろな商売が行われた。
江戸の町人のあいだで流行したものに川柳がある。短歌の七七部分を問題として出し、五七五で答えるのが江戸の川柳、古川柳といわれるものだ。
柄井川柳が選んだ川柳を集めた「誹風柳多留」から、商売に関する江戸の川柳を紹介する。
町人は ぼうぼうとして年を取り
3-117町人はぼうぼうとして年を取 やりばなしなりやりばなしなり
士農工商の身分があった江戸時代。一番多いのは農民だが、江戸の町には武士を中心に、工業、商業に従事するものが多くいた。この工商の身分の者を一般に町人といっている。
昔は「数え年」で、生まれたときが一歳で、正月になるたびに年をとっていた。
年末は、町人にとっては決算でいそがしく、床屋に行くこともできないので、髪の毛ぼうぼうで新年を迎えたという句。すべてをやりっぱなしで(やりばなしなり)正月になってしまったということだ。
夜そば切り ふるえた声の人だかり
1-469夜そば切ふるへた声の人だかり かわりかわりにかわりかわりに
蕎麦屋は、箱をかついで売り歩いていた。よく売れるのは寒い夜なので、客はふるえた声を出している。それにしても次々お客がやって来るとは(かわりかわりに)、なかなか繁盛しているようだ。
ちなみに、蕎麦は、縄文時代はそのままゆでて食べていたが、鎌倉時代頃より粉にしてダンゴ状にした食べ物となったが、戦国時代に、今のような細長い蕎麦が生まれた。それが江戸時代に大流行した。そば粉を練って、平らにしてから切るので、そば切りといった。
こんな句もある。
夜そば切り立ち聞きをして三声よび
1-487夜そば切立聞をして三声よび しげしげな事しげしげな事
こちらの句の主体はそば屋さん。家の様子を立ち聞きすると、中から大勢の声がする。たぶん集まって博打でもしているのだろう。江戸時代には、カルタの賭博など、一般人が普通に楽しみとしてしていた。この家は、人は多いし、勝負に勝っている人は気が大きくなっているだろうし、たぶん多くの蕎麦が売れるだろうと、大きな声で「蕎麦~蕎麦~蕎麦~」と三回言ったのだろう。
七七の前句は、しげしげと聞き耳を立てたということだろうか、しげしげと「蕎麦~」とくりかえしたことをいうのだろうか。
流行り風邪 十七屋からひきはじめ
1-664はやり風十七屋からひきはじめ 気の付かぬ事気の付かぬ事
十七屋は、十七夜で、満月(十五夜)、十六夜と月の名前がついているが、十七夜は立って月の出を待つことから立待月と呼ばれる。「たちまち着く」、あっという間に到着するというダジャレから、飛脚屋のことを十七屋と呼ぶ。日本語は、こういうダジャレの宝庫なのだ。
いつも地方に手紙を届けているから、流行り風邪も、気がつかぬうちに(気の付かぬ事)飛脚屋から流行していくという句。
タイトル画像は、いろいろな商売人が集まっている図で、黄表紙「一流万金談」より、
今ではないような商売も、いろいろな商売が江戸時代にはあった。
「誹風柳多留」の古川柳のまとめはこちらの後半部分に今まで紹介したもの全て載せている、
