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江戸に生きる人々の生活をのぞく~誹風柳多留の江戸の古川柳より

 江戸の町には武士が多く生活していたし、町人も多くいた。なにせ江戸の町は百万都市といわれ、多くの人口をかかえていた。そんな人々の様子を描いた川柳を紹介する。
 江戸時代の川柳を古川柳こせんりゅうという。七七の問題(前句まえくという)があり、それに対する五七五を一般人がつくり投稿する。優秀作には賞金が出るというものだった。
 その優秀作を集めた「誹風はいふう柳多留やなぎたる」の作品を紹介する。わかりやすい表現にした句と原文の句と前句を並べているが、原文の前の数字は、「誹風柳多留」の巻数と作品番号。

 


御典薬ごてんやく陳皮ちんぴも安く見ぬなり

5-608 てんやくちんぴも安く見なり  しづかなりけりしづかなりけり

 御典薬ごてんやくは、将軍家お抱えの医者のこと。陳皮ちんぴは、ミカンの皮を乾燥させたもので、七味とうがらしにも入っているが、漢方薬としても使われた。胃腸の調子を整えたり、風邪の症状を緩和するといわれる。安っぽい陳皮ちんぴでも、権威ある御典薬ごてんやくが使うとありがたく思える。
 江戸時代は身分社会であり、普通の町医者に対して御典薬ごてんやくはたいそうな身分となる。その御典薬ごてんやくが使う薬は、いくら安っぽいものでも、ありがたく思えてしまう。
 前句は「しづかなりけり」で、御典薬ごてんやくともなると、静かにおごそかに診察するのだろうか。
 ちなみに、当時の医者のすることは、漢方薬を調合することだった。その点では町医者も御典薬ごてんやくも同じ。漢方薬の量を調整することから「さじかげん」という言葉がうまれた。

 


くびくくりとみふだなど持っている

5-525 くびくくりとみふだなど持つてもって  そんなことかなそんなことかな

 首をくくって自殺した者を調べると、はずれの富札とみふだを持っていた。今の宝くじと同じとみというものが多く売り出されていた。寺社が売り出すものが多くあった。いろいろな職業があって働いていても、なかなか収入がない仕事も多い。そこで一攫千金いっかくせんきんとみくじについつい手を出し、その金額がどんどん増えていく。ついには首くくりとなったのだろう。
 今の世も、宝くじのコマーシャルは、「当たる当たる」と言い、マイナス面はかくしている。江戸時代の神も仏も「金だ金だ」と人々の気持ちをもりあげていたのだろう。
 前句は「そんなことかな」で、まあ、たぶんそんなことだろう、ということ。我々がニュースを見ながら、たぶんそんなことで事件が起きたのだろうなというのと同じこと。
 金に苦労して宝くじに手を出したのか、宝くじに手を出しすぎて金に苦労するようになったのか。神も仏もあったものじゃない。
 こんな句を見て、宝くじだ、株だ、ニーサだと騒ぐ世間に一喝いっかつしたいものだ。

 


たるひろい匂ひにおいをかいでこれが

5-530 たるひろい匂ひにおいをかいでこれ  はこびこそすれはこびこそすれ

 たるひろいは、酒樽さかだるを回収する小僧こぞうのこと。昔は、といっても数十年前は、牛乳やジュースのビンは回収され、店へ持って行くといくらかもらえた。江戸時代のたるひろいも、リサイクルとしてのたるの回収が商売になった。
 その小僧が、たるに残った酒をにおうと、酸っぱい。酒が発酵して酢になっていたのだろう。
 米などを発酵させれば酒ができるが、酒をさらに発酵させれば酢になる。
酒を勝手につくると罰せられるが、パン作りで使うイーストを砂糖水に入れると発酵してアルコールができる。それをそのままほっておくと酢ができる。よい子はこんなマネをしてはいけません。
 前句は「はこびこそすれ」で、たるをひろって運びながら小僧が歩いているのだろう。
 


江戸の町に生きる町人たちにも、いろいろな生活があった。

 


「誹風柳多留」の古川柳のまとめはこちらの後半部分に今まで紹介したもの全て載せている、

 

タイトル画像は、黄表紙「孔子縞于時藍染」より

 

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