夏が来れば思い出す、火垂るの墓の空襲の記憶、忘れてはならない日本の夏~神戸大空襲と空爆犠牲者
8月は戦争関係のニュースが多くある。
8月以前はどうか。6月23日が沖縄慰霊の日だということを知らなかった。沖縄では学校も休みになるそうだが、現地から遠く離れている本州の人間には別世界の話になってしまう。ニュースでどれだけやっていたのか知らないが、記憶には残っていない。
8月も6日、9日の原爆投下の日に比べて15日の敗戦記念日はそこまで大きく取り上げられない。
わざと「敗戦」と書いた。多くの国民にとって長い戦争が終わったのだから「終戦」であるけれど、日本が連合国、主にアメリカに負けたのは事実だから、日本にとっては「敗戦」の日だ。勝手に終わってしまった「終戦」ではなく、自分自身も関わった結果の「敗戦」。自分の祖父母、曾祖父母が関わった戦争の「敗戦」。それは歴史的事実。
平和の祭典のオリンピックが開催されたけれど、アメリカが落とした非人間的核兵器により多くの人々が亡くなったのも事実だ。
日本の軍需産業を攻撃したと言いながら、民間人をどれだけ殺してきたのか。
広島、長崎の一般民間人の悲劇は「敗戦」という言葉とともに忘れてはならない。
さらに日本各地に行われた空襲は、内地に残る年寄り、女子どもを大量に殺害している。
面白半分の機銃掃射も頻繁に行われた。
無差別の空襲は軍事行動として繰り返された。戦争を終わらせるために必要だったからという理由だけで無抵抗の人間や幼い子どもたちを殺戮し続けた。正義の名の下で行われた殺人に違いない。
それが歴史的事実であり、それを忘れることはできない。
「火垂るの墓」の舞台となった神戸大空襲は、1945年6月5日。B-29が481機飛来し、3,184名の死者が出たといわれている。
6月5日の神戸大空襲に先立つ3月17日の空襲では2,598名の死者が出ている。
5月11日には1,093名が亡くなったといわれる。
これだけではない。神戸は、1月3日以降、上記も含めて128回の空襲を受けている。10回とか20回ではない。128回もの空襲。その被害は、死者8,841名、焼失家屋128,000戸といわれる。
阪神淡路大震災での死者数は6,434名。それを上回る数の人間が、同じ人間の手によって殺された。
建物も、戦後の写真を見ると本当の焼け野原となっている。震災の後よりひどい。
それが戦争だ。
空襲の被害を受けた都市はたくさんある。それらが集まって、一般財団法人太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会というものができている。
姫路市に太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔がある。そのことをどれだけの人が知っているだろうか。
空爆犠牲者慰霊協会は113の自治体、各市町と東京の区が参加している(現在は合併により107自治体)。この団体が慰霊塔を建てている。
戦災都市ということなので、都道府県ではなく、各市どの都市でどのくらいの方が亡くなっているのかを慰霊協会の資料で見る。(建設省計画局区画整理課調、死者数)。広島78,150人、長崎74,013人は別格とする。
ところがなんと、東京の死者は91,444人。広島、長崎よりも多い。この調査は国土交通省が建設省といっていたころの調査なので、今の東京都で考えると死者数は107,021人となる。
東京は106回の空襲をうけた。原子爆弾ではなく、家を燃やすだけの焼夷弾を無差別に投下している。そうして焼き殺された人の数が107,021人になる。128回空襲の神戸よりも東京はさらに住宅が密集しており、人口も多い。その町を焼くことによって、これだけの市民を殺している。
軍需産業への攻撃ではない。市民に対する虐殺でしかない。これではアメリカに対するテロが起きても仕方がない。
都市に関して、死者の多いものをあげる。
横浜5,830人、名古屋8,240人、大阪10,388人、神戸7,051人(調査によって数が異なる)。
神戸でも、六甲山の向こう側からは、遠くの花火を見るようで、町の方が燃えているらしいと思ったそうだ。そんな話を聞いた。……震災の時も、そうだったなあ。
震災の時には、全地域が揺れたけれど、空襲の時は、山の向こうには全く影響がなかった。全くの他人事だったそうだ。それを非難することはできないだろう。
当時の人々にとっては、今あることが現実なのだ。
戦争経験者が次々亡くなっていく。当事者がいなくなる。
語り継いでいかねばならない。
直接見たのではなく、聞いた話でもいい。今のうちに語り継いでいこう。
