江戸の町に生きる小さな人々の群像~誹風柳多留の江戸の古川柳より
百年以上前に生きた人も、今に生きる我々となんら違うことはない。社会情勢は違えども、そこに生きる人間はあまり変わらない。この人らはこんなもんだよと、カテゴライズして表現した句を集めてみた。
江戸時代の川柳を古川柳という。七七の問題(前句という)があり、それに対する五七五を一般人がつくり投稿する。優秀作には賞金が出るというものだった。
その優秀作を集めた「誹風柳多留」の作品を紹介する。わかりやすい表現にした句と原文の句と前句を並べているが、原文の前の数字は、「誹風柳多留」の巻数と作品番号。
千両は一分かけても気にかかり
5-108 千両は壱分かけても気にかかり よくばりにけりよくばりにけり
千両箱は、今の金額にすれば八千万円くらいだそうな。まあ、一億円弱と考えても、そんな大金に縁のない我々には関係ないことだろう。それに対して一分は、金一分だと一両金貨(10万~12万円)の四分の一になる。我々には、八千万だろうが一億だろうが似たようなものに思われるが、千両も持っている金持ちの商人にすれば、一分足りないだけでも千両箱はできないので気にかかることだ。金があるからこそ、少しの金額が気になるもの。ミカンの木があるから取られたくない欲が生まれる。持っているからこそ気になってくる。
前句の「よくばりにけり」は、昔も今も変わらない。
だといって今百両は出されまい
5-220 だといって今百両は出されまい ねがひこそすれねがひこそすれ
百両は、前記の流れで行くと八百万円くらいか。当時の貨幣価値は時代によっても違い、これだという数字はなかなか出せない。実際には百万円から四百万円くらいだっただろう。
百両というのは、実は訳ありの持参金の金額。訳ありのときは百両をそえて縁談をすすめるのが当時の慣習だった。訳ありの嫁をもらったが、当時は結婚初夜まで相手の顔もみないのが普通の縁談だったので、実際に嫁と暮らすと、これはどうにも結婚生活が続けられそうにない。そこで仲人に、なんとかしてくれと泣きついた。離縁するには持参金を返さなければならない。顔も知らない相手と結婚したのは、金に苦労しているから。だから持参金はもう借金の支払いでなくなっている。いくらお願いされても(「ねがひこそすれ」)、百両を返さなかったら離縁はできないと仲人から言われている場面を句にしている。
縁遠ひ娘体につくりあき
5-671 縁遠ひむすめからだに作りあき めつたやたらにめつたやたらに
「めつたやたらに」金を使って服を買ったり化粧をして自分を作っているのに、なかなか結婚できない。縁遠い娘を不憫に思う親は、娘がいくら金を使っても自由にさせている。けれど娘も、そろそろそれにもあきあきしてきた、という句。
奥のチン木綿者さへ見ると吠へ
4-2 奥のちん木綿ものさへ見るとほへ ならひこそすれならひこそすれ
狆は、日本原産のペット犬。江戸時代に狆を飼うことがブームとなった。とはいえ、貧乏庶民が飼えるものではない。ここでは「奥」といっているので、大名屋敷などの女性ばかりが暮らす「奥」のこと。そこでは、いつも高級な絹織物の服ばかり見ているので、安い木綿の服を着た人を見ると犬が吠える、というのだ。
「ならひこそすれ」と、奥の女性に習って、犬も貧乏人をばかにしているのだろう。四民平等の今の世でも、金を持ってる持ってない、学歴がどうこうと差別する人はいくらでもいる。

やみやみと座頭へ渡る町屋敷
4-55 やみやみと座頭へ渡る町やしき おしひことかなおしひことかな
座頭は盲人であり、按摩や針で生活する者もいるが、高利貸しをする者も多かった。その高利貸しに金を借りたが、金が返せず、抵当の家屋敷を取られてしまった、という句。「おしひことかな」と悔しがっている。
冒頭に「やみやみと」とあるが、「むざむざと」という意味とともに、目の見えない座頭だから、闇という言葉を使っている。
やはり盲人に対する差別意識はあるものの、盲人が金を貸して家屋敷を奪うなど、障害があろうがなかろうが、社会の中でいきいきと生きている。
「誹風柳多留」の古川柳のまとめはこちらの後半部分に今まで紹介したもの全て載せている、
知っている句、知らない句、いろいろあるだろうが、古川柳に興味があれば、一度目を通してほしい、
タイトル画像は黄表紙「一流万金談」より、長生きの薬を手に入れた男の物語、
