第33回:「性善説」――『孟子』を読む
1 はじめに――人は善いのか、悪いのか
人間は、生まれながらに善い存在なのか。それとも、放っておけば悪へ流れていく存在なのか。
この問いは、中国思想の大きな主題の一つです。孔子は「仁」を説き、人が人として生きる道を語りました。しかし孔子自身は、「人間の本性は善である」と明確な体系として述べたわけではありません。その問題を、よりはっきりと論じた人物が孟子です。
孟子は、戦国時代の思想家です。諸国が争い、権力者が富国強兵を求め、人の命が軽く扱われがちな時代に、孟子はあえてこう主張しました。
人の心には、他人の苦しみを見過ごせない心がある。
その心こそ、仁・義・礼・智の出発点である。
だから人間の本性は、善に向かうものだ。
これが、いわゆる「性善説」です。

ただし、孟子のいう「性善」とは、「人は何もしなくても完全に善人である」という意味ではありません。人の中には善の芽がある。しかし、その芽は育てなければならない。火が燃え始めるように、泉が湧き出すように、最初は小さなものです。それを広げ、満たしていくことが、学びであり修養なのです。
今回は、『孟子』の中でも性善説を考える上で重要な二つの文章を読みます。第一は「惻隠(そくいん)の心」の章、第二は「水は下へ流れる」という比喩の章です。
2 本文(一) 人皆有不忍人之心
まず読むのは、『孟子』公孫丑(こうそんちゅう)上の有名な一節です。ここで孟子は、人の心には「不忍人之心」、すなわち「人の苦しみを忍び見ることのできない心」があると説きます。

白文
孟子曰、人皆有不忍人之心。
先王有不忍人之心、斯有不忍人之政矣。
以不忍人之心、行不忍人之政、治天下可運之掌上。
所以謂人皆有不忍人之心者、今人乍見孺子将入於井、皆有怵惕惻隠之心。
非所以内交於孺子之父母也、非所以要誉於郷党朋友也、非悪其声而然也。
由是観之、無惻隠之心、非人也。
無羞悪之心、非人也。
無辞譲之心、非人也。
無是非之心、非人也。
惻隠之心、仁之端也。
羞悪之心、義之端也。
辞譲之心、礼之端也。
是非之心、智之端也。
人之有是四端也、猶其有四体也。
有是四端而自謂不能者、自賊者也。
謂其君不能者、賊其君者也。
凡有四端於我者、知皆拡而充之矣。
若火之始然、泉之始達。
苟能充之、足以保四海。
苟不充之、不足以事父母。

書き下し文
孟子曰はく、
人皆人に忍びざるの心有り。
先王、人に忍びざるの心有り、斯(ここ)に人に忍びざるの政(まつりごと)有り。
人に忍びざるの心を以て、人に忍びざるの政を行はば、天下を治むること之を掌上(しょうじょう)に運(めぐ)らすべし。
人皆人に忍びざるの心有りと謂ふ所以(ゆゑん)の者は、今、人乍(たちま)ち孺子(じゅし)の将に井(せい)に入(い)らんとするを見るに、皆怵惕(じゅつてき)惻隠の心有り。
孺子の父母に内交(ないこう)せん所以に非ざるなり。
郷党(きょうとう)朋友に誉れを要(もと)めん所以に非ざるなり。
其の声を悪(にく)みて然(しか)するに非ざるなり。
是(これ)に由(よ)りて之を観れば、惻隠の心無きは、人に非ざるなり。
羞悪(しゅうそ)の心無きは、人に非ざるなり。
辞譲(じじょう)の心無きは、人に非ざるなり。
是非の心無きは、人に非ざるなり。
惻隠の心は、仁の端(たん)なり。
羞悪の心は、義の端なり。
辞譲の心は、礼の端なり。
是非の心は、智の端なり。
人の是の四端(したん)有るや、猶ほ其の四体有るがごときなり。
是の四端有りて自ら不能と謂ふ者は、自ら賊(そこな)ふ者なり。
其の君を不能と謂ふ者は、其の君を賊ふ者なり。
凡(およ)そ四端の我に有る者は、皆拡めて之を充たすを知る。
火の始めて然(も)え、泉の始めて達するがごとし。
苟(いやし)くも能く之を充たせば、以て四海を保(やす)んずるに足る。
苟くも之を充たさざれば、以て父母に事(つか)ふるに足らず。

日本語訳
孟子は言った。
人には誰にでも、他人の苦しみをそのまま見過ごすことのできない心がある。
昔の立派な王たちは、人の苦しみを見過ごせない心を持っていた。だからこそ、人々の苦しみを見過ごさない政治を行うことができたのである。
そのような心によって、そのような政治を行えば、天下を治めることは、手のひらの上で物を動かすほど容易である。
人には誰にでも、他人の苦しみを見過ごせない心がある、と言う理由はこうである。
今、もし人が、幼い子どもが井戸に落ちそうになっているのを突然見たならば、誰でもはっと驚き、痛ましく思い、助けたいという心を抱く。
それは、その子の父母と親しくなろうとしてのことではない。
村里の人々や友人たちから名誉を得ようとしてのことでもない。
また、見捨てたという悪い評判を嫌って、そう思うのでもない。
このことから考えると、他人を痛ましく思う心がない者は、人とはいえない。
自分の悪を恥じ、他人の悪を憎む心がない者は、人とはいえない。
譲り合う心がない者は、人とはいえない。
善悪を判断する心がない者は、人とはいえない。
他人を痛ましく思う心は、仁の芽である。
恥じ憎む心は、義の芽である。
譲り合う心は、礼の芽である。
善悪を判断する心は、智の芽である。
人にこの四つの芽があるのは、人に四肢があるのと同じようなものである。
この四つの芽を持っていながら、自分にはできないと言う者は、自分自身を傷つける者である。
自分の君主にはできないと言う者は、その君主を傷つける者である。
およそ、この四つの芽が自分の中にあると知る者は、それを広げ、満たしていこうとする。
それは、火が燃え始めるようであり、泉が湧き出し始めるようなものである。
もしそれを十分に広げ満たすことができれば、天下を安んずることさえできる。
もしそれを広げ満たさなければ、父母に仕えることさえ十分にはできない。

3 語句と文法の解説
人皆有不忍人之心
「人皆有」は「人は皆有り」と読み、「人にはみな……がある」という形です。
「不忍人之心」は、直訳すれば「人に忍びざるの心」です。
ここでの「忍」は、「我慢する」「耐える」という意味ですが、文脈上は「他人の苦しみを平然と見過ごす」という意味になります。したがって「不忍人之心」は、「人の苦しみを見過ごせない心」と訳すと自然です。
「之」は連体修飾を作る助字で、「不忍人之心」は「不忍人の心」となります。
斯有不忍人之政矣
「斯」は「ここに」「すなわち」と読み、前の内容を受けて、そこから当然導かれる結果を示します。
先王には「人に忍びざるの心」があった。
だからこそ「人に忍びざるの政」があった。
つまり、孟子にとって政治とは、制度や法令だけの問題ではありません。政治の根本には、民の苦しみを見過ごせない心がなければならないのです。

治天下可運之掌上
「可」は可能を表し、「べし」と読みます。
「治天下可運之掌上」は、語順を補って読むと、
天下を治むること、之を掌上に運らすべし。
となります。
「之」はここでは「天下を治めること」全体を受けていると考えるとよいでしょう。
「掌上」は「手のひらの上」です。天下を治めることが、まるで手のひらの上で物を動かすように容易である、という比喩です。
もちろん、政治が本当に簡単だと言っているわけではありません。孟子は、民を思う心が政治の中心にあれば、政治は根本から安定すると言っているのです。

所以謂人皆有不忍人之心者
「所以」は漢文で非常によく出る語です。
「ゆゑん」と読み、「……する理由」「……するわけ」と訳します。
ここでは、
人皆人に忍びざるの心有りと謂ふ所以の者は
つまり、
人にはみな、人の苦しみを見過ごせない心がある、と言う理由は
という意味になります。
「者」は、ここでは文全体を名詞化し、「その理由は」と後ろへつなぐ働きをしています。
今人乍見孺子将入於井
「今」は「いま、もし」と仮定的に場面を設定しています。
「乍」は「たちまち」「にわかに」と読みます。ここでは「突然」という意味です。
「孺子」は幼い子ども。
「将入於井」は「将に井に入らんとす」と読みます。

「将」は再読文字です。
一度「まさに」と読み、下へ進んでから、返って「んとす」と読みます。
将入於井
= 将に井に入(い)らんとす
= まさに井戸に落ちようとしている
「於」は場所を表し、「井(せい)に」と読みます。
皆有怵惕惻隠之心
「怵惕(じゅつてき)」は、はっと驚き恐れること。
「惻隠(そくいん)」は、痛ましく思うこと、あわれむことです。
幼い子どもが井戸に落ちそうになっているのを見た瞬間、人はまず計算するのではありません。
助ければ評判が上がるだろうか。
この子の親と親しくなれるだろうか。
見捨てたら悪く言われるだろうか。
そう考える前に、はっとして、胸が痛む。その自然な心の動きこそ、孟子が重視したものです。
非所以内交於孺子之父母也
「非所以……也」は、「……するためではない」という形です。
「内交」は「ないこう」と読み、内に交はる、つまり、親しく交わることです。
「於孺子之父母」は「孺子(じゅし)の父母に」と読みます。
つまり、子どもを助けたいと思うのは、その子の父母と親しくなろうとするためではない、ということです。

ここで孟子は、人間の善い心が利害計算から生まれるものではないことを示しています。
非所以要誉於郷党朋友也
「要」は「もとむ」と読み、求めることです。
「誉」は名誉、評判。
「郷党朋友」は村里の人々や友人たちです。
「郷党朋友に誉れを要めん所以に非ざるなり」と読みます。
助けたいと思うのは、世間からほめられるためではない。
孟子は、善の根拠を外からの評価ではなく、心の内側に求めています。
非悪其声而然也
「悪」はここでは「にくむ」と読みます。
「其声」は「その評判」「その噂」です。
「然」は「しかする」と読み、ここでは「そうなる」という意味です。
つまり、子どもを助けたいと思うのは、見捨てたという悪評を嫌ってそうするのではない、ということです。
孟子は三つの否定を重ねています。
父母と親しくなるためではない。
名誉を得るためではない。
悪評を避けるためではない。
この三つを否定することで、善い心は利害損得以前に自然に起こるものだ、と論じているのです。
4 四端――仁・義・礼・智の芽
この章の中心となる語が「四端」です。
端とは、物事の始まり、糸口、芽という意味です。
孟子は、人の心に四つの芽があると言います。
| 心 | 徳 |
|
| 惻隠の心 | 仁の端 | 他人の苦しみを痛ましく思う心 |
| 羞悪の心 | 義の端 | 悪を恥じ、不正を憎む心 |
| 辞譲の心 | 礼の端 | 譲り合い、へりくだる心 |
| 是非の心 | 智の端 | 善悪・正誤を判断する心

ここで重要なのは、孟子が「人はすでに完成された仁者である」と言っているのではないことです。
人には、
仁の芽がある。
義の芽がある。
礼の芽がある。
智の芽がある。
しかし、芽は芽のままでは大木になりません。育てなければ枯れてしまいます。だから孟子は、「拡而充之」と言います。すなわち、「これを拡げて、満たす」のです。

5 若火之始然、泉之始達
「若」は「ごとし」と読み、比喩を表します。
「火之始然」は「火の始めて然ゆ」と読みます。
ここでの「然」は「燃」と同じく、燃えるという意味です。
「泉之始達」は「泉の始めて達す」と読みます。
泉が初めて地上に湧き出し、流れ始めることです。
孟子にとって、人の善い心は、最初から大きな炎や大河のように完成しているものではありません。最初は小さな火であり、湧き出したばかりの泉です。
しかし、小さな火も燃え広がれば大きな炎になります。
小さな泉も流れを得れば大きな川になります。

同じように、人の中にある四端も、修養によって大きく育てることができるのです。
6 本文(二) 性は水の下きに就くがごとし
次に、『孟子』告子上の一節を読みます。ここでは、告子(こくし)という思想家との議論を通して、孟子の性善説がさらに明確になります。
告子は、人間の性質は水の流れのようなものだと言います。水は東へ流すこともできるし、西へ流すこともできる。だから人間の性も、善とも悪とも決まっていない、という考えです。
これに対し、孟子は反論します。
水は確かに東西の区別はない。しかし、上下の区別はないと言えるだろうか。水は自然に下へ流れる。同じように、人の性は自然に善へ向かうのだ。

白文
告子曰、性猶湍水也。
決諸東方則東流、決諸西方則西流。
人性之無分於善不善也、猶水之無分於東西也。
孟子曰、水信無分於東西。
無分於上下乎。
人性之善也、猶水之就下也。
人無有不善、水無有不下。
今夫水、搏而躍之、可使過顙。
激而行之、可使在山。
是豈水之性哉。
其勢則然也。
人之可使為不善、其性亦猶是也。

書き下し文
告子曰はく、
性は猶ほ湍水(たんすい)のごときなり。
諸(これ)を東方に決すれば則ち東流し、諸を西方に決すれば則ち西流す。
人性(じんせい)の善不善に分かつ無きや、猶ほ水の東西に分かつ無きがごときなり。
孟子曰はく、
水は信(まこと)に東西に分かつ無きも、
上下に分かつ無からんや。
人性の善なるや、猶ほ水の下(ひく)きに就くがごときなり。
人として不善なる有る無く、水として下らざる有る無し。
今夫(いまそ)れ水、搏(う)ちて之を躍らせば、顙(ひたい)を過ぎしむべし。
激して之を行(や)らせば、山に在らしむべし。
是れ豈に水の性ならんや。
其の勢ひ則ち然らしむるなり。
人の不善を為さしむべきは、其の性も亦た猶ほ是くのごときなり。

日本語訳
告子が言った。
人間の性質は、ちょうど渦を巻く水のようなものである。
東の方へ水路を切り開けば東へ流れ、西の方へ水路を切り開けば西へ流れる。
人間の性質に、善と不善の区別がないのは、水に東西の区別がないのと同じである。
孟子が言った。
なるほど、水に東西の区別がないことは確かである。
しかし、上下の区別もないと言えるだろうか。
人間の性質が善であるのは、水が低い方へ流れるようなものである。
人間には、善でない者はいない。水には、下へ流れないものはない。
もちろん、水を手で打って跳ね上げれば、額を越えさせることもできる。
強くせき止めて流せば、山の上にあるようにすることもできる。
しかし、それがどうして水の本性であろうか。
外から加えられた勢いによって、そうなっているだけである。
人間に不善を行わせることができるのも、その本性については、これと同じなのである。

7 語句と文法の解説
性猶湍水也
「猶」は「なほ……のごとし」と読み、比喩を表します。
「湍水」は、流れの速い水、渦を巻く水です。
告子は、人間の性を水にたとえます。
水は導き方によって東へも西へも流れる。だから人間の性も、善にも悪にもなる中立的なものだ、という考えです。
決諸東方則東流
「決」は、水路を切り開くことです。
「諸」は「之於」が縮まった形と考えると分かりやすい語です。
決諸東方
= 之を東方に決す
= それを東の方へ流れるように切り開く
「則」は「すなはち」と読み、「そうすれば」という条件と結果をつなぎます。
東方に決すれば、則ち東流す。
西方に決すれば、則ち西流す。
同じ構文を繰り返すことで、告子の主張が分かりやすく示されています。
人性之無分於善不善也
ここでの「之」は、主語と述語の間に置かれて、文を名詞化する働きをしています。
人性之無分於善不善
= 人性の善不善に分かつ無きこと

「於」は対象を表し、「善不善において」と考えることができます。
告子は、人間の性には善と不善の区別がない、と主張しています。
水信無分於東西
孟子は、まず告子の比喩を受け入れます。
「信」は「まことに」と読み、「確かに」という意味です。
水は信に東西に分かつ無し。
水に東西の区別がないことは、確かにその通りである。
このように、相手の主張を一度認めてから、その比喩の弱点を突くところに、孟子の議論の巧みさがあります。
無分於上下乎
「乎」は疑問・反語を表す助字です。
ここでは反語的に、
上下に分かつ無からんや。
上下の区別がないと言えるだろうか、いや、あるではないか。
という意味になります。
告子は「水は東西どちらにも流れる」と言いました。
孟子はそれに対して、「しかし水は自然には下へ流れるではないか」と返します。
東西は方向の違いです。
上下は自然の傾きです。
この転換によって、孟子は水の比喩を逆に利用して、自分の性善説を説明します。
人性之善也、猶水之就下也
「就」は「つく」と読み、「向かう」「従う」という意味です。
「下」は低いところです。

人性之善也
= 人の性の善なるや
猶水之就下也
= 猶ほ水の下(ひく)きに就くがごときなり
つまり、人の性が善に向かうのは、水が低いところへ流れるのと同じく、自然な働きである、ということです。
孟子の性善説は、ここで非常に明快な比喩によって語られています。
人無有不善、水無有不下
「無有不善」は、二重否定に近い形です。
「善ならざる有る無し」と読みます。
人無有不善
= 人として善でない者はいない
水無有不下
= 水として下らないものはない
ここは対句になっています。
人と水。
善と下。
無有不善と無有不下。
対応関係を押さえると、文意が取りやすくなります。
今夫水、搏而躍之
「今夫」は、「今(いま)夫(そ)れ」と読み、話題を改めたり、具体例を出したりするときの言い出しです。
「さて」と訳すと自然です。
「搏」は「うつ」と読み、手などで打つことです。
「躍之」は「之を躍らす」と読み、水を跳ね上げることです。
水を打てば、水は一時的に上へ跳ねます。
しかし、それは水の本性ではありません。外から力を加えられた結果です。
可使過顙
「可使」は「……せしむべし」と読み、「……させることができる」という意味です。
「顙」は額です。
可使過顙
= 顙を過ぎしむべし
= 額を越えさせることができる

ここでは、水を強く打てば、しぶきが額より高く跳ねることを言っています。
是豈水之性哉
「豈……哉」は反語の形です。
是れ豈に水の性ならんや。
= これがどうして水の本性であろうか。いや、本性ではない。
孟子は、外から力を加えれば、水を上へ向かわせることはできると認めています。
しかし、それは水の本来の性質ではない。水の本性は、やはり下へ流れることだと言うのです。
其勢則然也
「勢」は外から加わる力、状況の勢いです。
「然」は「そうなる」という意味です。
其の勢ひ則ち然らしむるなり。
= 外から加えられた勢いが、そうさせているのである。
この一文は、孟子の性善説を理解するうえで重要です。
人が悪を行うことはある。
しかし、それは人の本性そのものが悪だからではない。
環境、欲望、圧力、教育の欠如など、外からの力によってそうなっているのだ。

孟子はそのように考えます。
8 孟子の性善説とは何か
ここまで読んできた二つの文章から、孟子の性善説を整理してみましょう。
第一に、孟子は人間の心の中に「四端」があると考えました。
惻隠・羞悪・辞譲・是非の四つです。これらは、仁・義・礼・智という徳の芽です。
第二に、その芽は最初から完成しているわけではありません。
火が燃え始めるように、泉が湧き出すように、最初は小さなものです。だからこそ、人はそれを広げ、満たしていかなければなりません。
第三に、人が悪を行うことは、孟子も否定していません。
ただし、それは本性そのものが悪だからではなく、水が外から打たれて上へ跳ねるように、外からの力や状況によって本来の方向を失っているのだと考えます。

したがって、孟子の性善説は、単なる楽観論ではありません。
人は善い。
だから何もしなくてよい。
そうではなく、
人には善の芽がある。
だから、それを育てなければならない。
これが孟子の主張です。
9 孔子の「仁」と孟子の「性善」
第32回で読んだ『論語』では、孔子が「仁」を重んじました。仁とは、人を思いやり、人としてふさわしく生きる心です。
孟子は、この孔子の仁を受け継ぎながら、さらに一歩進めて考えました。
仁は外から無理に押しつけられるものではない。
人の心の中に、すでにその芽がある。

たとえば、幼い子どもが井戸に落ちそうになっているのを見れば、人はとっさに心を動かされます。その瞬間の心は、利益や名誉を計算して生まれたものではありません。
孟子は、その小さな心の動きの中に、人間が人間である根拠を見ました。
孔子が「仁を実践せよ」と説いたとすれば、孟子は「仁の芽は、あなたの中にすでにある」と説いたのです。
10 まとめ――善の芽を育てる思想
『孟子』の性善説は、人間を美化する思想ではありません。戦国時代の現実は、戦争、権力争い、飢え、裏切りに満ちていました。孟子は、その厳しい現実を知っていました。
それでも孟子は、人の心の中にある小さな善の芽を信じました。
他人の苦しみを痛ましく思う心。
自分の悪を恥じる心。
譲り合う心。
正しいか正しくないかを判断する心。
これらは、誰の心にも備わっている。しかし、育てなければ失われます。
だから学びが必要であり、修養が必要であり、よい政治が必要なのです。
孟子の性善説は、こう言い換えることができます。
人は、善く生きる可能性を持って生まれてくる。
その可能性を信じ、育てることこそ、人間の道である。

次回は、この孟子の思想と対照的に語られることの多い荀子の「性悪説」を読み、人間観の違いを考えていきます。
復習問題
問一
「人皆有不忍人之心」の「不忍人之心」とは、どのような心か説明しなさい。
解答例
他人の苦しみや危険を平然と見過ごすことができない心。たとえば、幼い子どもが井戸に落ちそうになるのを見たとき、利害や名誉を考える前に、はっとして助けたいと思う心である。
問二
孟子のいう「四端」とは何か。四つを挙げ、それぞれ何の徳の芽であるか答えなさい。
解答例
惻隠の心は仁の端、羞悪の心は義の端、辞譲の心は礼の端、是非の心は智の端である。端とは、物事の始まり、芽という意味である。

問三
「人性之善也、猶水之就下也」を書き下し、意味を説明しなさい。
解答例
書き下しは「人性の善なるや、猶ほ水の下きに就くがごときなり」。
意味は、人間の本性が善へ向かうのは、水が自然に低いところへ流れるようなものである、ということ。
問四
孟子は、人が悪を行うことをどのように説明しているか。
解答例
孟子は、人が悪を行うこと自体は認めている。しかし、それは人間の本性が悪だからではなく、水が外から打たれると上へ跳ねるように、外からの力や環境によって本来の善い方向を失っているためだと説明している。
問五
孟子の性善説は、「人は何もしなくても善人である」という考えではない。本文の内容に即して、その理由を説明しなさい。
解答例
孟子は、人には仁・義・礼・智の芽である四端があると説くが、それはあくまで芽であり、完成された徳ではない。だから「拡而充之」、すなわちそれを広げ、満たしていく修養が必要である。したがって性善説は、人間の中に善の可能性があることを説く思想であり、努力なしに完全な善人であるという意味ではない。

◆◆コラム◆◆
コラム1
「井戸に落ちそうな子ども」は、なぜ有名なのか
孟子の性善説を語るとき、必ずといってよいほど取り上げられる場面があります。
それが、「孺子将入於井」、すなわち「幼い子どもが、今にも井戸に落ちようとしている」という場面です。
このたとえは、とても短いものです。けれども、その力は非常に大きいものです。なぜなら、孟子はここで、人間の善さを難しい理屈によって証明しようとしているのではないからです。誰もが想像できる、きわめて具体的な場面を出しているのです。
もし、目の前で幼い子どもが井戸に落ちそうになっていたら、人はどうするでしょうか。まず、「助ければ名誉になるだろうか」と考えるでしょうか。「この子の親と親しくなれるだろうか」と計算するでしょうか。「見捨てたら悪く言われるから、仕方なく助けよう」と考えるでしょうか。
孟子は、そうではないと言います。人はその瞬間、はっとします。胸が痛みます。思わず手を伸ばそうとします。その心の動きこそが、「惻隠の心」です。
ここで大切なのは、孟子が「人はいつでも立派な行動をする」と言っているわけではないことです。実際には、恐怖で動けない人もいるでしょう。周囲に誰かいれば任せてしまう人もいるかもしれません。しかし孟子が見ているのは、その前に生じる一瞬の心の動きです。
「あっ、危ない」
「かわいそうだ」
「助けなければ」
このような心がまったく起こらないなら、それは人としての心を失っている、と孟子は考えました。

このたとえが有名なのは、人間の善さを、遠い理想や聖人の行動ではなく、日常の一瞬に見いだしているからです。孟子にとって、善は特別な人だけが持つものではありません。私たちの心の中に、すでに小さく動いているものなのです。
井戸に落ちそうな子どもの場面は、性善説全体の入口です。孟子はこの一場面によって、「人は善くなれ」と命じる前に、「あなたの中には、すでに善へ向かう心がある」と語りかけているのです。
コラム2
惻隠の心――思いやりは計算から生まれるのか
孟子は、人間には「惻隠の心」があると言いました。惻隠とは、他人の苦しみを痛ましく思い、見過ごせない心です。第33回本文で読んだ「孺子将入於井」のたとえは、この惻隠の心を説明するために置かれています。
ここで孟子が特に力を入れているのは、「その心は計算から生まれたものではない」という点です。
幼い子どもが井戸に落ちそうになっている。
それを見た人は、とっさに驚き、心を痛めます。けれども、その心は、その子の父母と親しくなろうとして生じるものではありません。村の人々や友人から名誉を得ようとして生じるものでもありません。見捨てたら悪評が立つから、仕方なくそう思うのでもありません。
孟子は、この三つを丁寧に否定しています。
父母と交際するためではない。
世間の評判を得るためではない。
悪い噂を避けるためではない。
つまり、惻隠の心は、損得や評判よりも前に起こる心なのです。

もちろん、私たちの行動には、しばしば計算が混じります。人からよく思われたい。失敗したくない。損をしたくない。そうした気持ちは、人間にとって珍しいものではありません。しかし孟子は、それらの計算に覆われる前の、もっと根本にある心を見ています。
人の苦しみを見たとき、胸が痛む。
誰かが危険にさらされているとき、はっとする。
困っている人を見ると、何とかしたいと思う。
このような心を、孟子は人間性の根拠と考えました。
ここでいう思いやりは、単なる感傷ではありません。人間が人間らしくあるための出発点です。だから孟子は、「惻隠の心無きは、人に非ざるなり」とまで言います。これは、「冷たい人を責める言葉」であると同時に、「人間には本来、そうした心があるはずだ」という強い信頼の表明でもあります。
思いやりは、いつも美しい形で現れるとは限りません。小さく、弱く、すぐに消えてしまうこともあります。けれども孟子は、その小さな心の動きの中に、仁の芽を見ました。
性善説とは、「人間はいつも善いことをする」という考えではありません。
むしろ、「人間の心には、損得を超えて他者へ向かう芽がある」という思想なのです。
コラム3
四端とは何か――善の完成形ではなく、善の芽
孟子の性善説を理解するうえで、もっとも大切な言葉の一つが「四端」です。
四端とは、四つの端、つまり四つの始まり、四つの芽という意味です。孟子は、人間の心には次の四つがあると言いました。
惻隠の心。
羞悪の心。
辞譲の心。
是非の心。
そして、それぞれを仁・義・礼・智の端であると説明しました。
惻隠の心は、仁の端。
羞悪の心は、義の端。
辞譲の心は、礼の端。
是非の心は、智の端。
ここで注意したいのは、孟子が「人間は生まれながらにして、仁・義・礼・智を完全に備えた立派な人間である」と言っているのではない、ということです。もしそうであれば、学びも修養も必要ありません。しかし孟子は、むしろその逆を説いています。

人には善の芽がある。
しかし、それはまだ芽である。
だから育てなければならない。
この「端」という言葉が、とても重要です。
たとえば、草木の芽は、そのままでは大木ではありません。小さく、弱く、簡単に踏まれてしまうものです。しかし、そこには成長の可能性があります。水をやり、日を当て、土を整えれば、やがて大きく伸びていきます。
人の心も同じです。
誰かをかわいそうに思う心は、仁の芽です。
悪を恥じる心は、義の芽です。
相手に譲る心は、礼の芽です。
正しいか間違っているかを見分ける心は、智の芽です。
しかし、その芽を育てなければ、仁・義・礼・智として大きく成長することはありません。惻隠の心が一瞬起こっても、それを行動へつなげなければ、仁にはなりません。悪を恥じる心があっても、それを正しい行いに変えなければ、義にはなりません。
孟子の性善説が誤解されやすいのは、「性善」という言葉だけを聞くと、「人間は最初から善人である」と聞こえてしまうからです。しかし本文をよく読むと、孟子は「四端」を「拡而充之」、すなわち拡げて満たす必要があると説いています。
善は、持っているだけでは十分ではありません。
善は、育てるものなのです。
この意味で、孟子の性善説は、甘い人間観ではありません。むしろ、人間の中にある可能性を信じ、その可能性を育てる責任を説く思想です。
コラム4
「火の始めて然ゆ」――小さな善を消さないために
孟子は、人の心にある四端を、「火の始めて然ゆ」ものにたとえました。
「然」はここでは「燃」と同じ意味で、火が燃えることです。つまり、「火が燃え始めるようなものだ」という意味になります。
この比喩は、とても美しいものです。なぜなら、善の心が最初から大きな炎として描かれていないからです。
人の中の善は、最初は小さな火です。
わずかな火種です。
風が吹けば消えてしまうかもしれません。
放っておけば、燃え広がる前に冷えてしまうかもしれません。
しかし、火は小さいから価値がないのではありません。小さな火でも、守り、燃料を与え、風向きを整えれば、大きな炎になります。暗い場所を照らし、寒さをしのぎ、人を温める力になります。
孟子のいう四端も、これと同じです。
誰かを助けたいと思う心。
悪いことを恥じる心。
相手に一歩譲る心。
正しいことを選びたいと思う心。
これらは、最初はとても小さな心の動きかもしれません。日常の中で、すぐに見失ってしまうようなものかもしれません。けれども孟子は、その小さな心を軽んじませんでした。そこにこそ、仁・義・礼・智の始まりがあると見たのです。
私たちはしばしば、大きな善だけを善だと思いがちです。英雄的な行動、人を救う大きな決断、歴史に残る立派な行為。もちろん、それらは尊いものです。しかし孟子の目は、もっと小さな場所にも向けられています。
困っている人を見て、少し心が動く。
悪いことをしてしまったあと、胸が痛む。
相手に譲ったほうがよいと感じる。
これは間違っているのではないかと立ち止まる。

そうした小さな火を、消してしまわないこと。
それが、修養の第一歩です。
孟子は「苟能充之、足以保四海」と言います。もしこの四端を十分に広げ満たすことができれば、天下を安んずることさえできるというのです。小さな火が、やがて大きな光になる。小さな善が、やがて人を動かし、社会を変える。
「火の始めて然ゆ」という比喩は、私たちにこう教えています。
善は、最初から大きくなくてよい。
けれども、消してはならない。
小さな火を守ることから、人は善く生き始めるのです。
コラム5
「水は下きに就く」――性善説の最も美しい比喩
孟子の性善説を表す比喩の中で、とくに有名なのが「水は下(ひく)きに就(つ)く」です。
告子は、人間の性質を水にたとえました。水は東へ流すこともできるし、西へ流すこともできる。だから人間の性も、善とも悪とも決まっていない。環境によって善にも悪にもなるのだ、という考えです。
これに対して孟子は、告子の比喩をそのまま受け取ります。そして、こう問い返します。
水に東西の区別がないことは確かである。
しかし、上下の区別もないと言えるだろうか。
ここが、孟子の議論の鋭いところです。
たしかに、水は水路の作り方によって東へも西へも流れます。けれども、水には自然な方向があります。高いところから低いところへ流れるという方向です。外から力を加えなければ、水は上へは流れません。

孟子はこの自然な方向を、人間の善性に重ねました。
人間の性が善へ向かうのは、水が下へ流れるようなものだ。
人として善でない者はいない。
水として下へ流れないものがないのと同じである。
もちろん、この表現はとても強いものです。実際には、人は悪いこともします。怒り、欲望、恐れ、利害によって、人は不善を行うことがあります。孟子もそれを知らなかったわけではありません。
そこで孟子は、さらに水の比喩を続けます。
水を手で打てば、しぶきは額より高く跳ね上がる。
水を強くせき止めて流せば、山の上にあるようにもできる。
しかし、それが水の本性だろうか。
水が上へ跳ねるのは、外から力を加えられたからです。水の本来の性質は、やはり下へ流れることです。これと同じように、人が不善を行うのも、本性そのものが悪だからではなく、外からの力や状況によって本来の方向を失っているからだ、と孟子は考えます。
この比喩の美しさは、単に分かりやすいところにあるのではありません。人間を見る孟子のまなざしが、そこに込められているところにあります。
人は乱れる。
人は誤る。
人は悪を行うこともある。
それでも、その奥には善へ向かう流れがある。
水が下へ流れるように、人の心にも本来の方向がある。孟子は、そう信じました。

「水は下きに就く」という比喩は、性善説を一言で表す言葉です。人間の心を、押しつけられた規則ではなく、内側から流れ出す自然な力として見たところに、孟子の思想の魅力があります。
コラム6
告子の反論――人の性は本当に善なのか
孟子の性善説を理解するためには、孟子の主張だけでなく、それに対する反論にも目を向ける必要があります。その代表的な相手が、告子です。
告子は、人間の性質を水にたとえました。
水は、東へ水路を開けば東へ流れます。
西へ水路を開けば西へ流れます。
だから水そのものに、東西の決まった性質があるわけではありません。
告子はこれを人間の性に重ねました。
人間の性にも、善と不善のはっきりした区別はない。環境や教育や習慣によって、善にも悪にもなる。そう考えたのです。
この主張は、決して奇妙なものではありません。むしろ、現代の私たちにも分かりやすい考え方です。
人は環境によって変わる。
育った場所、出会った人、受けた教育、社会の仕組みによって、人の行動は大きく変わる。
だから、人間の本性が最初から善と決まっているとは言えないのではないか。

告子の考えには、このような現実的な感覚があります。
もし孟子の性善説だけを読むと、「人は善である」という言葉が、少し単純に聞こえるかもしれません。けれども、告子の反論と並べて読むと、孟子が何に答えようとしていたのかが見えてきます。
孟子は、環境の影響を否定しているわけではありません。むしろ、水が外から打たれれば上へ跳ねるように、人も外からの力によって不善を行うことがあると認めています。つまり、孟子も「人は環境によって変わる」ということを知っていました。
それでも孟子は、人間の中には善へ向かう本来の方向がある、と考えました。ここが、告子との違いです。
告子は、人間の性を中立的なものと見ました。
孟子は、人間の性を善へ向かうものと見ました。
この違いは、教育や政治の考え方にもつながります。もし人の性が完全に中立なら、教育とは外から形を作ることになります。しかし孟子にとって、教育とは、人の中にすでにある善の芽を育てることです。
告子の反論は、孟子の性善説をより深く理解するための大切な鏡です。孟子はただ「人は善い」と言ったのではありません。「人は環境に左右される」という現実を認めたうえで、それでも人間の内側に善の根を見ようとしたのです。
コラム7
性善説は楽観論か
「人間の本性は善である」と聞くと、少し楽観的すぎる考えのように感じるかもしれません。世の中には、争いも、裏切りも、暴力もあります。人はしばしば利己的で、他人を傷つけることもあります。そうした現実を見ると、「人は善である」という言葉は、甘い理想論のようにも見えます。
しかし、孟子の性善説は、単純な楽観論ではありません。
まず大切なのは、孟子が生きた時代です。孟子は平和で安定した時代に、のんびりと人間の善を語ったわけではありません。彼が生きたのは戦国時代です。国々が争い、強い国が弱い国を攻め、君主たちは富国強兵を競っていました。人の命が政治の道具として扱われることも少なくありませんでした。
そのような時代に、孟子はあえて「人には善の芽がある」と語りました。
これは、現実を知らない甘さではありません。むしろ、厳しい現実の中で、人間を完全に見捨てない思想です。
孟子は、人が悪を行うことを否定していません。水を打てば上へ跳ねるように、人も外からの力や環境によって不善を行うことがあると認めています。しかし、それをもって「人間の本性は悪だ」とは言いません。人が悪を行うのは、本来の善い方向が妨げられたり、ゆがめられたりしているからだと考えるのです。
また孟子は、人が何もしなくても立派な人間になるとは言っていません。人には四端がある。しかし、それはあくまで「端」、つまり芽です。その芽を「拡而充之」、拡げて満たさなければなりません。

ここに、性善説の厳しさがあります。
人には善の芽がある。
だから安心してよい、ではありません。
人には善の芽がある。
だから、それを育てる責任がある。
孟子の性善説は、人間への信頼と、人間への要求が一つになった思想です。人間には善く生きる可能性がある。だからこそ、自分で自分をあきらめてはいけない。人を最初から悪と決めつけてはいけない。政治も教育も、その可能性を育てるものでなければならない。
性善説は、甘い慰めではありません。
人間の可能性に賭ける、強い思想なのです。
コラム8
性善説と教育――芽を育てるという考え方
孟子の性善説を教育の視点から読むと、とても重要なことが見えてきます。
もし人間の中に善の芽がまったくないなら、教育とは外から無理に形を押しつけることになります。子どもは空っぽの器であり、大人がそこに知識や道徳を注ぎ込む。あるいは、曲がった木を力ずくで矯正する。そういう教育観になります。
しかし孟子は、人には四端があると考えました。惻隠の心、羞悪の心、辞譲の心、是非の心。これらは仁・義・礼・智の芽です。つまり、人の中にはすでに善へ向かう可能性があるのです。
この考えに立つと、教育とは何でしょうか。
それは、外から別のものを植えつけることではありません。
すでにある芽を見つけ、守り、育てることです。
子どもが誰かを心配する。
悪いことをしてしまって、気まずそうな顔をする。
友だちに順番を譲る。
「それは違うのではないか」と感じる。

こうした小さな心の動きを、大人は見逃してはいけません。それは、まだ小さいけれども、大切な芽です。そこで「そんなものは役に立たない」と踏みつけてしまえば、芽は弱ってしまいます。逆に、「今の気持ちは大切だ」と気づかせ、行動へつなげていけば、その芽は少しずつ育っていきます。
孟子の「拡而充之」は、教育の言葉としても読むことができます。善の芽を拡げ、満たす。小さな思いやりを、具体的な行動へ拡げる。小さな恥の感覚を、正しい選択へ拡げる。小さな譲り合いを、人間関係全体へ拡げる。小さな是非の判断を、生き方の軸へ拡げる。
ここで大切なのは、教育が単なる知識の伝達ではないということです。孟子にとって、学びとは心を養うことでした。知識を増やすだけでは、人は善く生きられません。自分の中にある四端に気づき、それを育てていくことが必要なのです。
性善説は、子どもを甘やかす思想ではありません。むしろ、子どもの中にある可能性を信じるからこそ、その可能性を伸ばす責任を大人に求めます。
人は善の芽を持って生まれる。
教育は、その芽が枯れないように育てる営みである。
このように読むと、孟子の性善説は、現代の教育にも通じる深い示唆を持っています。
コラム9
性善説と政治――なぜ心が政治につながるのか
孟子の性善説は、個人の心の問題にとどまりません。むしろ孟子にとって、人間の心と政治は深くつながっていました。
第33回本文の冒頭には、こうあります。
「先王有不忍人之心、斯有不忍人之政矣。」
昔の立派な王には、人の苦しみを見過ごせない心があった。だからこそ、人の苦しみを見過ごさない政治があった、という意味です。

ここに、孟子の政治思想の根本があります。
政治とは、制度や法律だけで成り立つものではありません。もちろん、制度も法律も必要です。しかし、その根底に、民の苦しみを見過ごせない心がなければ、政治は冷たいものになります。民が飢えていても、数字の問題としてしか見ない。戦争で人が死んでも、領土や利益の問題としてしか考えない。そうした政治を、孟子は認めません。
孟子は、君主に対してしばしば厳しい言葉を投げかけました。それは、君主の心が多くの人々の生活に直接影響するからです。一人の王が民を思う心を持てば、多くの人が救われます。逆に、一人の王が利欲や権力欲に流されれば、多くの民が苦しみます。
だから孟子は、政治の根本に「不忍人之心」を置きました。
人の苦しみを見過ごせない心。
それが個人の内側にあるとき、惻隠の心と呼ばれます。
それが政治として現れるとき、不忍人之政となります。
この考えは、孟子の仁政論へとつながります。仁政とは、仁にもとづく政治です。民を力で押さえつけるのではなく、民の生活を安んじ、苦しみを取り除く政治です。
孟子は、「人間には善の芽がある」と考えました。だからこそ、民もまた仁に応じることができる。力で従わせる政治ではなく、仁義によって人々の心を得る政治が可能になる。ここに、性善説と王道政治の結びつきがあります。
現代でも、政治を考えるときに、制度や経済だけでなく、「人の苦しみを見過ごさない心」は欠かせません。災害、貧困、教育、医療、老い、孤独。政治が扱う問題の多くは、結局、人の苦しみにどう向き合うかという問題です。
孟子の言葉は、古代中国の王に向けられたものですが、今もなお問いかけてきます。
政治の出発点に、人を思う心はあるか。
人の苦しみを、見過ごしてはいないか。
性善説は、心の思想であると同時に、政治の思想でもあるのです。
コラム10
性善説と性悪説――どちらが正しいのか
孟子といえば性善説、荀子といえば性悪説。
中国思想を学ぶと、この二つはよく対比されます。
孟子は、人間の本性は善であると考えました。人には惻隠・羞悪・辞譲・是非の四端があり、それを育てれば仁・義・礼・智へと発展する。人の性が善へ向かうのは、水が低い方へ流れるようなものだ、と説きました。
これに対して荀子は、人間の本性は悪であると考えた、と一般に説明されます。人は生まれつき欲望を持ち、放っておけば争いへ向かう。だから礼や教育によって整えなければならない、という考えです。
では、孟子と荀子は完全に正反対なのでしょうか。
たしかに、出発点は大きく違います。孟子は、人間の内側に善の芽を見ます。荀子は、人間の欲望をそのままにすれば混乱が生じると見ます。孟子は内側から育つ善を重視し、荀子は外側から整える礼を重視します。
しかし、両者には共通点もあります。
それは、どちらも「人はそのままで完成している」とは考えていないことです。

孟子は性善説を唱えますが、人が何もしなくても立派な人物になるとは言いません。四端はあくまで芽であり、「拡而充之」しなければなりません。
荀子は性悪説を唱えますが、人は悪だから救いようがないとは言いません。礼や学びによって、人は整えられ、善く生きることができると考えます。
つまり、孟子も荀子も、学びと修養を重んじているのです。
違うのは、人間をどこから見るかです。
孟子は、人の中にある善の始まりを見ました。
荀子は、人の中にある欲望の危うさを見ました。
孟子は、芽を育てよと言います。
荀子は、形を整えよと言います。
この二つは、単純にどちらか一方だけが正しいと決めるよりも、人間を見る二つの視点として考えると理解しやすくなります。
私たちの心には、たしかに惻隠の心があります。困っている人を見れば、助けたいと思うことがあります。悪いことをすれば、恥ずかしいと思うこともあります。これは孟子が見た人間の姿です。
一方で、私たちには欲望もあります。自分を優先したい気持ちもあります。楽をしたい、得をしたい、人に勝ちたいという思いもあります。これは荀子が見た人間の姿です。
人間は、善の芽を持つ存在である。
同時に、放っておけば欲望に流される存在でもある。
そう考えると、孟子と荀子の対比は、ただの古代思想の対立ではなく、私たち自身の心を考える手がかりになります。
第33回で読んだ孟子の性善説は、人間の可能性を信じる思想です。次に荀子の性悪説を読むときには、人間の危うさを見つめる思想として読んでみるとよいでしょう。両者を比べることで、儒家思想の人間観はいっそう立体的に見えてきます。
