数値を競うだけの家づくりは終わる。岡山「アイトフースさん」視察で突きつけられた、価格競争から脱却する「本質と引き算」の住宅戦略

奈良の地で大工として、そして建築士として現場に立ち続けて25年。私は常に「木の命をどう生かすか」「日本の気候風土といかに調和するか」を問い続け、現場にたち続けてきました。しかし、現代の住宅業界はどうでしょうか。UA値やC値といった「数値」ばかりが先行し、小数点以下の違いを競い合う終わりのないスペック競争、あるいは相見積もりによる不毛な価格競争の真っ只中にあります。もちろん、住宅において断熱・気密といった性能は不可欠な土台です。しかし、高断熱・高気密という精密機械のような箱を作ることだけが目的化し、その中に住まう人々の「本質的な豊かさ」や、現場で血を通わせる職人の「魂」が置き去りにされてはいないでしょうか。

3月23日・24日の2日間、私たち夫婦は「ひとさじのこと」が主催する学びフェスに参加し、岡山・広島で圧倒的な支持を集める志高きビルダー「アイトフース(AITOHUS)」様のモデルハウス2棟、そして西江社長の講義を視察してきました。フィンランド語の「AITO(本物・誠実)」とデンマーク語の「HUS(家)」を冠する同社が1995年の創業以来貫いているのは、北欧の合理性と日本の美意識の完全なる融合です。

そこで私が目の当たりにしたのは、現在の日本の住宅業界の当たり前を美しく、そして鮮やかに覆す圧倒的な設計思想でした。この記事では、同業の皆様(地域工務店の経営者、設計士、そして現場を支える大工たち)に向けて、単なる視察の感想を超えた「これからの地域工務店が生き残るための本質的な家づくり戦略」を、余すことなく共有したいと思います。

外構も家具も「初期計画」に組み込む。自社の世界観を守り抜き、主導権を握るトータル資金計画の凄み

私たちがまず訪れたのは、アイトフース様が展開する岡山のモデルハウス2棟です。そこで現場に足を踏み入れた瞬間、プロとして痛感させられたのが「建物と庭(外構)を絶対に切り離さない」という、恐ろしいほどの覚悟と美意識でした。

現在の家づくりにおいて、多くの工務店が陥りがちな致命的な罠があります。それは、お客様の予算を「建物本体」に全振りしてしまい、外構や庭づくり、さらには毎日の肌に触れる家具を「後回し(または施主支給)」にしてしまうことです。しかしアイトフース様では、「庭があってこそ、初めて日本の住まいになる」という確固たる哲学のもと、建築設計の初期段階から、外構の植栽、ウッドフェンス、さらには2メートルを超えるカールハンセン&サンの名作ソファやダイニングテーブルに至るまで、すべてを資金計画に組み込んで提案しています。

2件目に見学したモデルハウスは、前面道路の交通量が比較的多い「二面道路」という、一見するとプライバシーの確保が難しい厳しい立地条件でした。しかし、一歩敷地内に入ると、その喧騒は嘘のように消え去ります。絶妙な高さと透け感で計算された1階のウッドフェンスが外からの視線を完全に遮りつつ、窓枠という額縁を通して、東から南へと連なる美しい山並みだけを「生きた絵画」のように切り取っていたのです。これを、建物が完成した後に「後付けの外構工事」で実現することは100%不可能です。後付けの外構は経済的なロスが極めて大きいだけでなく、建築そのものが持つ本来のポテンシャルを殺してしまいます。

西江社長は講義の中でこう語りました。「モデルハウスがあれば売れるわけではない。自社の確固たる世界観を提示し、『この会社に任せておけば絶対に大丈夫だ』と思わせるものを作ることが一番大事だ」と。
私たち工務店は、お客様の不安を拭おうとするあまり、詳細すぎる見積もりや過剰なパースを初期段階で出しすぎ、結果的にお客様を「迷走」させてしまうことが多々あります。そうではなく、プロとしての揺るぎない「好きの追求」をモデルハウスで体感させ、最初から「家+庭+家具」を包括したトータル資金計画を提示する。この強烈な主導権の握り方こそが、安易な値引き競争を避け、結果的にお客様の生涯満足度を最大化する最高の戦略なのです。

プラン提示の際、安易にお客様の要望をすべて「足し算」して予算を膨らませるのではなく、自社が推奨する「名作家具」や「庭の植栽」の予算を聖域として確保した上で、建物の坪数を絞る(引き算する)提案力を持つことが、空間の質を劇的に高める秘訣です。

「お風呂(浴槽)をなくす」という衝撃。家事動線神話を終わらせ、設備投資で家事を消滅させる引き算の美学


今回の視察において、設計者としての私の常識が最も激しく揺さぶられた“決定的な瞬間”。それは、日常の家事ストレスを根本から手放す「極限の引き算の提案力」を目の当たりにした時でした。

1件目に見学した富裕層向けのモデルハウス(切妻屋根のシンプルな外観に、焼き杉の外壁とビルトインガレージを備えた邸宅)では、なんと日本の住宅の象徴とも言える「大きな浴槽」が完全に廃止されていました。その代わりに生活の中心に据えられていたのは、「Tylö(ティーロ)」の本格的なスチームサウナ、フィンランド式のドライサウナ、そして別棟に設けられた薪サウナ小屋という『3つのサウナ』です。


「サウナは特別な日の趣味ではない。毎日のお風呂の代わりであり、1日の生活の一部として家にあるべきものだ」。この西江社長の提案には、明確な合理性があります。場所を取り、大量の湯を沸かし、何より毎日の重労働である「お風呂掃除」という家事を、サウナに置き換えることで物理的に“消滅”させているのです。微細な蒸気で体の芯から温まることで健康を維持し、浴槽をなくした省スペース化によって生まれた余裕を、リビングや豊かな収納空間へと回す。まさにコロンブスの卵のような発想です。(※2件目のモデルハウスでは、一般的なユニットバスにスチームサウナを組み込むという、より汎用性の高いアプローチも実践されていました)

さらに、私たちが日頃お客様に提案しがちな「家事動線」という言葉についても、西江社長は鋭いメスを入れました。「家事動線を短く工夫しても、それは歩数が減るだけで、家事そのものの作業量は絶対に減らない。設備を知ることでプランが変わり、家事が劇的に減るのです」。

アイトフース様では、Miele(ミーレ)などに代表される60cm幅の海外製大型食洗機や、複数の料理を同時進行できる高性能なビルトインオーブンを標準採用しています。キッチンでの皿洗いという労働からの脱却。電子レンジではなくオーブンを活用した時短料理の楽しみ。「間取りの工夫」に依存するのではなく、「設備投資による自動化」で家事の絶対量を減らす。この明確なソリューションが、家族で笑い合い、豊かな時間を過ごすための「余白」を創出しているのです。


私たち地域工務店は、「収納を増やして動線を短くしました」という小手先の提案から卒業し、生活のあり方そのものを変革するこうした「引き算」と「設備投資」の概念を、もっと深く学ばなければならないと痛感しました。

数値には現れない「五感と空気」をデザインする。素材の選定と、職人の矜持が宿る空間術

アイトフース様の家づくりが並の高性能住宅と一線を画しているのは、G3レベル(UA値0.26前後)という圧倒的な断熱性能や気密性能を確保した上で、そこに「五感に響く素材」と「空気の動き」を緻密にデザインしている点です。

室内に入ると、木肌の温もりと本来の呼吸を妨げない「ソープフィニッシュ」で仕上げられた無節の無垢材が、足裏からふわりと優しい手触りを伝えてくれます。新建材のように完成した瞬間から劣化が始まるのではなく、家族が泡で洗うように手入れをし、琥珀色へと「経年美化」していくことを前提とした素材選びです。
そして、視覚へのアプローチも尋常ではありません。1件目のモデルハウスの1階には、ステンレスで仕上げられた床の間(小上がりの和室)という、無骨さと和の静寂が融合した印象的な空間がありました。キッチン天板には、世界最高峰の技術を誇る「松岡製作所」のホットバイブレーション仕上げが採用され、調理中の傷や指紋すらデザインの一部として昇華させています。

2階のリビングに上がると、そこには勾配天井と平天井が入り組むダイナミックな空間が広がっていました。白を基調としたキャンバスのような壁に沿って、柔らかい自然光が滑り落ちるように差し込み、部屋全体を清々しい空気で満たしています。そこに黒のアクセントを効かせ、選び抜かれた北欧家具を配置することで、空間全体の色気を見事にコントロールしていました。壁の随所にアート(絵画)が飾られているのも、暮らしを楽しむ心の余裕を体現しています。

さらに、プロの視点として見逃せなかったのが「見えない空気の通り道」の設計ルールです。洗面空間にはあえて吹き抜けを設け、ベルックスの天窓などを活用した「重力換気(温度差換気)」を促進。熱い空気が上へ昇る性質を利用し、密集地でもプライバシーを守りながら家全体の空気を一気に入れ替える仕組みです。2件目の寝室(小上がり)の床下や、収納部屋のコーナーにスリットを設けるなど、湿気や空気が淀まないためのディテールが徹底されていました。直感的に操作できる「横向きの照明スイッチ」など、名もなきストレスを消し去る細部への執念。これらはすべて、図面上だけで完結するものではなく、現場を知り尽くした設計者と、それをミリ単位で具現化する現場の職人(大工)たちの高い技術力がなければ絶対に成り立ちません。

[まとめ]
物づくりは「楽しんだ者勝ち」。私たちが次世代に残すべきもの今回の視察を通じて、私の心に最も深く突き刺さったのは、西江社長のこの言葉です。「物づくりは楽しんだもん勝ちだと思っています。好きで好きで仕方ないという思いが日々積み重なった結果、自社にしか出せないノウハウや強みになっている。性能も大事だが、見た目も当然好きにならなければならない。」

現代の住宅業界は、他社といかに違う数値を出すか、いかに安く見せるかという「迎合のループ」に陥っています。しかし、本当に価値のある家づくりとは、作り手自身が「これが最高の暮らしだ」と心底惚れ込み、その熱狂をお客様に伝播させていくことです。北欧の合理性と日本の感性を融合させ、家事を消滅させ、風景を切り取り、経年美化を楽しむ。こうした「本質的な豊かさ」の追求こそが、価格競争という泥沼から抜け出し、地域で100年愛され続ける工務店になるための唯一の道だと確信しました。

大工として25年、現場で木と向き合ってきた私だからこそ断言できます。G3レベルという精密機械のようなパッシブデザインの箱に、温かい血を通わせるのは現場の職人の「魂」です。圧倒的な世界観を描く設計力と、それを現場で形にする大工の矜持。この二つが掛け合わさったとき、初めて家は「資産」になります。

同業の皆様、私たちはこれから、お客様にどんな「時間の余白」と「美しい風景」を提示していくべきでしょうか?
スペックの先の「本当の豊かさ」について、深く考えてみてはどうでしょうか?

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