第210回「高知のカツオが美味しいのか、高知のポン酢が美味しいのか」
視点を変えてみる。
というクセというか、
視点を変えて物事を見てみたらわかることがある。と思っている。
例えば、
日々起きている人間関係のトラブル。
「あの人はいつも飲み会に誘っても来ない」
という主張をする人と、
「あの人はいつも意味のない飲み会に誘ってくる」
という主張のぶつかりについて。
ものの見方を変えてみないと、
お互いに一生わかり合えない。
一方は、
なぜ飲み会に誘っても来ないのか、その理由をしっかり見ていない。
一方は、
なぜ飲み会に誘うのか、その理由をしっかり見ていない。
視点を変えてみて考えれば解決することなんてたくさんある。
夜の飲み会ではなくランチ会にするとか、
単に話し合いだけしたいなら会議にするとか、
親睦を深めたいならレクリエーションをするとか、
なんでもいい。
見方を変えれば、
何が大切なのかなんてすぐにわかる。
たまたまカツオを食べていた時にふと、
高知に行ったことないなぁ。
と思った。
「高知のカツオは美味しい」と、
現地で食べたことのある人は口を揃えて言う。
カツオって意外と取れる漁場は全国広くある。
なのになぜ高知のカツオは特別に美味しいとされるんだろうか。
と疑問に思う。
もしかすると、
高知のカツオ自体が美味しいというわけではなく、高知のカツオの調理方法が美味しいということなんじゃなかろうか?
例えば、聞くところによると藁焼きが有名だ。
藁で一気に表面を焼いて、タタキにする。
そんな絵図をテレビで見たことがある。
これなら全国どこでもできそうなものだけど、
その藁そのものに美味しさの理由があるとか?
あるいは、
地元で醸造するポン酢が美味しいとか、
ニンニクや生姜、ネギなどの薬味となる野菜類が美味しいとか、そういうことかもしれない。
高知産のポン酢って結構有名だ。
おしゃれなセレクトショップみたいなところでは必ず売っている。
そのポン酢にこそ理由があるのかもしれない。
かつて腕利きの寿司職人の方が言っていた、
「私はマグロの産地を言わないんです」
という言葉を思い出す。
その理由は、
「大間のマグロって言ったら、そのマグロが良いものか悪いものかにかかわらず、大間のマグロだから美味しいって錯覚しちゃう人が出てしまうから。」
だから産地を言わないとのこと。
ただ産地を聞かれたら答える、というスタンスらしい。
そのお寿司屋さんはあらゆる著名人がお忍びで通うほどのお店となって、
いまはもう簡単には行けなくなった。
そんな職人さんの言葉。
産地の名だけで錯覚、ねぇ。
たしかにあるかも。
とはいえ、
北海道の海鮮が美味しい。と言われるように。
本当に高知のカツオが美味しいんだろうなって思う。それは変わらない。
ただ、北海道の海鮮も、高知のカツオも、
どちらも素材そのものの力だけで評価されているとは思えない。
調理方、調味料、保管方法、
付け合わせのごはんや味噌汁なんかの全てのものが、美味しさを演出しているんじゃないかと考える。
フランス料理のシェフがこのようなことを言っていた。
「家庭で美味しい料理を作りたいなら、まずは調味料を一流のもの、値段の高いものにすること、良い食材を買っても美味しく調理することは一般家庭では難しい。」
ほぉ、、そういうことなのかな。
カツオを食べながらふと、
高知産のポン酢をかけて食べたらどのくらい美味しくなるのかなぁ。。
なんて考えながら、
結局普通の“味ぽん”をかけて普通のカツオを食べていた。
そんなある日の考え事でした。
第210回目の投稿でした。
