見出し画像

見えないものも、信じたい。

これは、僕が小学校3、4年生の頃に経験した出来事です。

ある土曜日の夜、お風呂から上がった僕は髪を乾かし、冷蔵庫で冷やされた麦茶を1杯あおった後、いそいそと2階にあがりました。本当は、夜にやっているバラエティ番組(当時「嵐にしやがれ」が好きでした)やドラマを観たいという気持ちがありました。しかし、休日だからって夜更かしをしていると、親のカミナリが落ちるのは確実。ここはぐっと堪えて、早めに寝ることにしたのです。

2階の寝室には、ダブルベッドが1つと敷布団が1つありました。

この時分、自分専用の部屋なんてものはありませんでしたから、僕は母と、2歳下の弟は父とペアを組み、この部屋で一緒に寝ていました。

4人とも「できればベッドで寝たい」と思っていました。圧倒的に寝心地がいいからです。でも、部屋の大きさを考えると新しく増やすことはできない。そんな状況だったので、ベッドと敷布団を交互に使用するというハウスルールが存在しました。

つまり、

  • 今日ベッドで寝たら、明日は敷布団

  • 昨日がベッドだったら、明日は敷布団

になるということです。

ルールによって自動的に、いや機械的に寝る場所が決められていました。もし、間違って「2回連続でベッドを取ってしまう」ことがあったら、もう1つのペアに「2夜連続でベッドに寝てもらう」ようにすることで調整を図っていました。

この日、僕らが割り当てられていたのはベッドでした。すでに敷布団でスヤスヤと眠っている父と弟の横を優雅に通り抜けた僕は、一時的な優越感に浸りながらダブルベッドに入りました。ベッドに仰向けの状態で入った時、真ん中より左側のエリアが僕の定位置。母はまだ階下にいたので、僕の右側には誰もいません。

ふわ~お。

あくび交じりに体をゆっくりと右に向けると、視界が天井から壁、窓へとシームレスに切り替わっていきます。完全に体が右を向いた時、誰もいないはずのそこに居たんです。

一人のこびとが。

常夜灯の小さな明かり。それが切り取った人の形をした何かが、ベッドの端に腰かけていたのです。成人男性を圧縮したような姿形で、背丈は恐らく70cmほどあります。

脳が危険を察知してか、経験したことのない感情が一気に身体を駆け巡りました。「怖い」というより「恐ろしい」という感覚の方が近かったかもしれません。

目の前の恐怖から逃れようと、とっさに毛布を頭から被り、両瞼をギュッと閉じて、体を小さく折りたたみました。それから、ベッドの隙間から「ヤツ」が入って来れないように、毛布の外周を内側に入れ込み、手や足や体でで思いっきり押さえつけました。

それからしばらくの間、眠ることができませんでした。眠気なんてとうに吹き飛んだ頭の中で、少しばかり冷静さを取り戻した自分が対話を始めます。

しばらく時間が経つけど、何も変化はない。「ヤツ」が僕を襲ってくることはないし、部屋は静かなままだ。ということは、僕の見間違いだった可能性はないだろうか。寝室に置かれた何かの形がたまたま人型で、小人だと錯覚してしまった。うん、無い話ではない。だとすれば、「ヤツ」が本当にいるのかどうか、もう一度確かめてみた方がよいかもしれないぞ。

そんな好奇心もあるにはありましたが、僕の心の大半を占めている恐怖心に勝てるはずもなく、実行に移されることはありませんでした。

それから数時間が経過し、朝を迎えました。

おそるおそる被っていた毛布から顔を出すと、そこにはいつもの部屋があるだけでした。誰もいなかったし、誰かがいた形跡もありませんでした。

果たして、「ヤツ」は本当にいたのでしょうか。

それとも、僕の脳が生み出した幻想だったのでしょうか。

今となっては、確かめる術はありません。


◆ ― ◆ ― ◆ ― ◆ ― ◆


この出来事以来、この世界には「霊的な何かがいる」と思っている。

元々、超常現象なんて全てまがいもので、幽霊の類は人間の類まれなる想像力の産物だと信じて疑わなかったけれど、一度体験してみて「ある(いる)かもしれない」と思うようになった。もちろん完全に信じているわけではないが、ある(いる)確率を100%だとすると、80%くらいは可能性があるのではないかと考えるようになった。

霊といえば、「言霊」という考え方がある。

辞書を繰ると

古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉どおりの結果を現す力があるとされた。

デジタル大辞泉,「言霊」,(https://kotobank.jp/word/%E8%A8%80%E9%9C%8A-503099#goog_rewarded, 2026年1月4日取得)

と記載がある通り、言霊は「言葉に宿る超人的な力や作用のこと」だ。幽霊や超常現象を信じていない人でも、言葉に宿る霊力は信じている人は結構いるのではないだろうか。

振り返ってみると、僕が「スローガン」を意識するようになったのは、「ヤツ」と会ってからだった気がする。学年があがってすぐに書かされる「今年度頑張りたいこと」や、新年に認める「今年の抱負」がただの形式的な儀式ではなく、普段から意識すべき項目に置き換わっていったのは、霊的な存在に対する確証度が高まったからかもしれない。

そんなわけで、言葉にすると実現性が高まるという言説を僕は信じている。言葉にした時の方が、しなかった時よりもやりたいことを達成できるような気がしている。

ということで、今年の目標をここに宣言する。ただの目標というよりは、創作(主にnote)に関する目標に絞って書くことにする。


2026年の「創作」における目標

1:毎週日曜日に投稿する〈note〉

去年の夏に毎週投稿の記録が途絶えてしまったのがだいぶ悔しかったので、今年は継続したい。あと、書かないと上手くならないと思うから、クオリティよりも「続けること」を大事にしたいかな。

2:前編しかあげていない2作品を書き上げる〈note〉

タイトルに【前編】と付けているのに、後編がない作品が2つある。その物語の続きをまとめて、年内に完成版を出す。

3:シリーズものの短編小説を始める〈note〉〈Tales〉

昨年の秋頃に思いついたもので、自分の中での「実現したい」度が高い。果たして、どんな内容なのか。公開をお楽しみに!

4:10個の公募に応募する

note内外含めて、世の中には様々な「コンテスト」がある。昨年は7~8個ほど応募できたので、今年はそれよりも少しだけ多く挑戦したい。あわよくば、何かしらの賞がいただけたら嬉しいな。

5:自分発の企画を実施する〈note〉

昨年、何人かのnoterさんの自主企画に参加をして「他の方を巻き込んで何かをするのおもしそう」と思った。実際、企画を通じて新しい繋がりを創ることもできたし、note上での交友関係を広げたり深めたりする意味でも何かしらやってみたい。


この5つが、僕が2026年に主にnoteで実現したいことである。

言葉に宿るとされる不思議な力をバックにつけて、全て達成できるように行動を重ねていきたい。

ちなみに、冒頭の恐怖体験には続きがある。

数日後、僕の話を聞いた母はこう言った。

「それさ、こないだ観たテレビのせいじゃない? ほら、『ほんとにあった怖い話』観てたでしょ。あれに、こびとの出る話あったよね。その記憶が残ってて、現実とごっちゃになっただけじゃないの~?」

確かに、こびとと出会う数日前に「ほんとにあった怖い話」を視聴した。

怖い話なんて大の苦手なのに、怖いもの見たさが勝って、少々背伸びをして初めて観たのがその時だった。テレビ画面から時々顔を逸らしながら、何とか最後まで観終えたものだ。

でもね、こびとが出てきた覚えはないんだよね。

果たして、「ヤツ」は本当にいたのでしょうか。

それとも、僕の脳が生み出した幻想だったのでしょうか。

残念ながら、あれから10年以上が経った今となっては、確かめる術がないのです。

いいなと思ったら応援しよう!

かなりあ 記事が気に入ったら、ぜひ応援お願いします! いただいたチップは、新しい本を購入するために使います!

この記事が参加している募集