ルーティンを少しだけ外してみた朝。── AIと暮らすって、こういうことかもしれない ──
通勤電車を降りる。
まだ仕事モードになる前の、少しだけ静かな時間。
出社前に立ち寄る、いつものカフェがある。
モーニングルーティンというほど大げさなものではないけれど、私には毎朝の決まった流れがある。
いつもの電車。
いつもの車両。
そして、いつものカフェ。
注文するのはAセット。
チーズとツナのホットサンドにアイスティー。
気がつけば、もう1年以上続いている。
別に飽きたわけではない。
むしろ安心する。
なんとなく同じ朝を過ごさないと、
その日の調子が狂うような気がするのだ。
でも先日、ふと思った。
「今日はCセットにしてみようかな」
理由は特にない。
ただ、なんとなくそんな気分だった。
Cセットはチーズとハムのホットサンド。
久しぶりに食べたその味に、少し驚いた。
おいしい。
思っていた以上に、おいしい。
モッツァレラチーズとトマトソースの組み合わせが爽やかで、Aセットとはまた違うおいしさがあった。
そういえば、これも好きだった。
忘れていただけだったのかもしれない。
そして翌日。
私はまたAセットを頼んだ。
「やっぱりAセットもおいしいな」と思った。
チェダーチーズのコク。
ツナとの相性。
長く食べ続けている理由が、ちゃんとある。
これって、AIとのつきあい方にも少し似ているかも。
私は普段、ChatGPTを使うことが多い。
noteの下書き。
仕事の相談。
Kindle出版のこと。
迷うことなく、いつも通りの使い方ができていた。
安心できるし、慣れている。
だから特に不満もない。
でも最近は、ときどきClaudeやGemini、Manusを使うこともある。
同じことを聞いているのに、
返ってくる言葉や視点が少し違う。
「そんな見方もあるのか」と思うこともある。
だからといって、ChatGPTをやめるわけではない。
翌日には、
またいつものようにChatGPTを開いている。
どれが正解という話ではない。
私はたぶん、明日もChatGPTを開くと思う。
でも、ClaudeもGeminiもManusもある。
そう思えるだけで、
少しだけ世界が広がった気がした。
AIと暮らすというと、
何か特別なことのように聞こえる。
でも実際は、
「今日はこっちにしてみようかな」
そんな小さな選択の積み重ねなのかもしれない。
今朝も私はAセットを食べた。
そして、やっぱりおいしかった。
でも、Cセットもある。
そんなことを思った朝だった。
※このnoteは「AIとのつきあい方」シリーズの一つです。
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