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【被災実体験ログ】うっかり、被災してしもうた。眠れぬ八代での、3夜。

こんにちは。

東大卒・元VIP専門家庭教師で
現在は二児の母・音楽家をしつつ
日々の学びを発信している小林かなこです。

今週起きたことを
忘備録的に、書いておこうと思います。


帰省先で、被災してしまった!


7月27日から、家族4人(夫、私、娘2人)で
義理の実家がある
熊本県八代市へ帰省しました。

私自身、もう何度も行っていて。

特に自分の実家がもうない私にとっては
のんびり甘えて過ごせる
ありがたい実家。

(いや、仮に実家があったとしても
八代のお家で甘えていたでしょう)

特に子どもが生まれてからは
年に1-2回、帰省させてもらってきました。

今年の夏休みは
7月27日の夜の飛行機で、熊本入りし・・・
翌28日、昼間にスーパーで買出しをして・・・

夕方、お義父さんが仕事から帰ってきた
そのタイミングで
震度7の揺れが突然始まりました。

帰省先で、私たちは被災しました。


「命がある」ということ


揺れている間のことは
あまり鮮明には覚えていません。

ただ
「ものすごく揺れたこと」
「(すぐ近くにいたのに)子供たちを見失ったこと」
「あまりのことに、揺れている間は声を出せないこと」
が、印象強く残っています。

実際は
机の近くにいた長女は
幼稚園時代からの「防災訓練」通りに
机の下に隠れてくれました。
(無傷でした)

そして、同じく近くにいた旦那さんが
次女をかばいながら
揺れに耐え・・・

私は、ありとあらゆる家具が倒れてくるのを
検知しながら、なんとか耐えていました。

揺れが終わるまで
私自身は、子供二人の姿を確認できず
パニック状態でした。

たまたま
4人が近くにいたからよかったものの

もし旦那さんが
同じ部屋にいなかったら・・・

子供たちが別の部屋で遊んでいたら・・・

家財の下敷きになって
大怪我していたかもしれませんし
命がなかったかもしれません。

タイミング、運・・・

なんともいえない緊迫感を
今でも感じています。


眠れない夜、助け合い、命を長らえる


義理の父母は、家の外(車の近く)に
いたタイミングでした。

こちらも奇跡的に、怪我はなく。

ここからは、
余震の恐怖と闘いながら
一刻も早く「家の中で過ごせるか?」を
確認。

電気は切れませんでした。
でも、水が止まってしまいました。

私と子供たちは
涼しい車の中で過ごさせてもらい・・・
(こどもたちの安全確保)

その間、義両親と旦那さんが
家の中を大急ぎで片付け。

(たくさんのものが割れて
タンスなど全てがひっくりかえっていた状態)

まず、夜が来るまでが、
本当に怖かった。

どう夜を過ごすのか。

家の中で過ごせるのか
避難所に行くのか
車中泊するのか・・・

日没は19時過ぎ、というのを調べて
それまでにできることを・・・と

ひとしきり片付いたあとに
猛ダッシュで、夕飯を作りました。

そこからは、できることをできる範囲で。

夜も昼も、揺れ続けるなか
怖くてずっと靴を履いたまま
すごしました(寝る時も)

東京に、帰ってきました


予定では8/7のフライトで
東京に戻る予定でしたが

子連れ4人で
断水の中、貴重な水を
たくさん使ってしまうし

そもそも、子守りの負担で
八代にいたとて
片付けや水汲みなどの
力になれるわけでもない。

フライトの空きを調べ
家族で話し合い・・・
7/31に4人で帰ってくることにしまいした。

もちろん、それだとて
高速道路が止まっている区間があったり
ガソリンの給油で苦労したり
ありとあらゆる「心配」「苦労」を
義父母に重ねてしまったけれど

まずは、4人
無事に東京に戻らせてもらいました。

まだ続く、クライシス脳


帰ってこられたので
東京での日々を再スタート。

でも、やはり
気を張っていたし
ゆっくり眠れなかったし
クライシス脳(非常事態モード)は
すぐにはなおりません・・・

落ち着かない。
うまく字が書けない。

文字が読めない。

揺れていないのに
揺れているような気がする。

(工事の揺れにもビクッとする)

物音に敏感になる。

気持ちが張り続けている。

私はまだ危機モードから抜け切れて
いないのだと思います。

せっかくだから、そろそろ
仕事をしたいのですが
まだ脳がついていかない。

(ということで、一旦
アウトプットして、区切りをつけようとしています)

東京に戻ってきた
私でも、こんなにグラグラしている。

今なお、熊本の人々は
ずっと気を張っていることでしょう。


助けて、と言わなきゃ


とかく日本人は
「あの人と比べたら、私なんて大丈夫」
「もっと苦労している人がいるんだから
私なんて、苦労してるなんて言えない」

と、「頑張りあって」しまいます。

でも、やはり、今回も感じました。

子供たちを守るためには
自分たちが生きていなければ。

まず、自分が身の安全を
確保しなければだし
怪我をしないようにしなければ。

栄養を取らなければ。

相手が大事、と同じように
「自分も大事」なのです。

「私は後回し」と思ってしまう
主婦や、お母さんたち
そして、優しい人たちこそ・・・
災害の時には、大事にしてあげたい・・・

そして、もう熊本を離れた私たちも
怪我や人的被害はなかったものの
心にもリハビリが
必要なのだと思っています。

子どもたちのケアと
それと同じくらい、自分自身のケアも。

それを忘れずに
日常を積み重ねていきたいと思います。

私たちにできることは?


まだ、心も落ち着かぬ中ですが
何かしたい、という
夫婦での気持ちは共通しており

八代にいる間に
株式会社NINFAのインスタグラム
ご案内を出させていただきました。



私たちは行政でも
大きな企業でもありません。

でも、音楽を通して
人と人をつないできた会社であり
定期的に「人と人が集まり、語る場」を
作れるという強みがあります。

だからこそ、できることがあるのではないか。
そう思い、
株式会社NINFAでは
(ひとまず)今年いっぱい開催する
すべての主催公演・イベント会場に
熊本地震の義援金募金箱を設置することにしました。

皆さまからお預かりしたお気持ちは
責任を持って被災自治体へお届けし
ご報告まできちんと行う予定です。

本当に小さな取り組みかもしれませんが

人と人とが集い
語り合い、助け合い、忘れない・・・
その小さな機能を果たせたらと思います。


日常は、当たり前ではない


今回の経験で改めて
感じたことがあります。

本当に、死ななくてよかった。

何気なく迎える朝。
家族と食卓を囲めること。

仕事ができること。
人と繋がれること。

音楽をできること。
喜んでいただけること。

力を抜いて、眠れること。

決して当たり前ではなく
本当に幸せなこと。

これからも一日一日を
丁寧に生きていきたいです。


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