【不登校】誰の言葉を信じたらいいかわからなくなったら、自分の勘を信じたらいい
あぁ、なんて
いっぱいいっぱいな一週間だったんだろう。
風船だ。
まるで真っ赤な大きな風船。
頭の中が風船のように悩みと不安でパンパンで、
何か一つでも刺さってしまうことがあれば、
「バンッ!」って破裂してしまいそう。
そんな頭と心の状態だった。
私の悩み。
それは、双子の不登校である。
我が家には高1の長女と、中2の双子の次女三女がいる。この双子が、中学校に入ってから学校をお休みするようになった。現在は、週に1回学校に行けたらいいかな、という状況だ。
先月までは、週に3~4日は登校していた。
しかしGW明けで休む日にちが増え、次の土曜日は体育祭だ!という週に、ついに(月)~(金)、まるごと一週間学校を休んだ。
こんなこと初めてだった。
今までは、行事など行かなきゃダメな理由がある日は、具合が悪くとも何とか登校出来ていた。
しかし、今週(火)に行われた体育祭の総練習に、二人は出れなかった。母は戸惑った。そして、へこんだ。次のフェーズに入ったなと思った。
しかし、本人たちも学校に行きたいのに行けなくて葛藤している。口では行きたいと言うので車で学校に送って行っても、駐車場まで友達が迎えに来てくれても、二人は車を降りることが出来なかった。頭では行きたくても、体が学校に行くことを拒否している。まさにそんな感じ。それはもう、仕方がなかった。
毎朝「行きたいけど行けない」と葛藤し、おなかが痛いとうずくまり、リビングで動けなくなる二人を間近で見ている母はつらかった。つらい。とにかくつらい。
本人たちが少しでも心軽く行けるようにと、バス停や学校まで車で送っていった。しかし車を降りられず、もがく姿に寄り添ったあと、後部座席に乗せたまま、また家まで帰ってくるのはつらかった。苦しんでいるわが子の姿を見てつらくない親なんていない。
せめて私だけでも明るく振る舞おうとした。
そして無理した挙句、心身共に疲れてしまった。
そんな週の半ば、パパと話し合いの場を設けた。
我が家のパパは、世の中の大半の父親がそうであるように、厳しい。そして大半の夫婦がそうであるように、私とは価値観がまるで違う。彼は、昭和平成と、学生時代も就職しても、ずっと男社会の中で気合と根性で生きてきた。考え方が違うのは当たり前だ。
パパが私を責めるつもりがないのはよくわかっているけど、それでも「このままでどうするのか不安だ」「事態が悪化しているんじゃないか」という言葉に、とても傷ついた。自分のせいだと言われている気がしてしまった。
わかっている。確かに学校に行ける日が減っているのは事実だ。事態が悪化していると言われても仕方がない。でも、二人は去年に比べて笑顔が増えた。自分の気持ちを話してくれることが増えた。最近は学校に行けない分、自分で英語や数学のワークに取り組もうとしている。自分でスマホを置いて、TVも見ないようにしている。勉強に取り組めない日は、家の手伝いをしようとしてくれている。学校に行かないと体力がなくなるからと、お散歩に行く時間を作っている。
事態は一見悪くなっているように見えるかもしれない。
でも私はなんとなく、この状態は一時的なもので、ちゃんと心と体を回復させれば、また二人は動き出すような気がするのだ。そのために今は休ませてもいいかもしれないと思っている。義務教育だから卒業はできるし、きっとどこかしら高校にも行けるだろう。
それよりも、無理させて事態を長引かせる方が怖い。体だけでなく、心まで壊れてしまうような気がして怖い。今は休ませる。二人のこれからが不安で胸がギュッとなる時もあるけど、それでもなんとなく「きっと大丈夫だ」と心の底では思っている自分もいるのだ。
でもそんなことを言っても、パパは昼間の二人の様子が見れないし、二人の心身の状態がわからないから、余計不安なのだとおもう。
今なら理解できる。
パパも親として、我が子を心配しているだけだってことが。思春期に入り、男親を精神的にも受け入れない二人には、多分どんな言葉をかけても響かない。それを理解してくれた上で、言いたいことの一割も言わずに、事態を静観してくれている。静観ほどストレスの溜まることはない。
わかっている。パパも一生懸命二人の事を考えてくれている。私も毎日二人のためにどうしたらいいかを考えている。周りの人も、たくさんのアドバイスをくれる。しかし、私の心は爆発しそうだった。
そして、その週の木曜日、ついに限界が来た。
もうだめだ。
泣きそう。
気持ちの風船がパンパンだ。
だれか、だれか。
だれかたすけて。
誰が助けてくれるのだろうか。
頭の中を、何人もの人の顔がよぎる。
夫、娘、母、叔母、兄。
大学の友人、地元の友人、全国にいる友人。
自治体が行っている相談機関。
学校の先生。鍼灸院の先生。病院の先生。
誰かに聞いてもらいたい。
誰かに大丈夫だよって、言ってほしい。
だれか、だれか、たすけて。
意を決してLINEを打ち始める。
相手は、近所に住む親友二人だった。
「10分でも15分でもいい。
私の話を聞いてくれませんか。」
友達にわがままを言ってはいけない。そんなことはわかっている。でも、限界だった。二人ともまだ手のかかる子どもがいる。忙しいのに。時間を取らせてはいけないのに。迷った。迷ったけど、今日だけは自分のためにわがままを言ってもいい気がした。
すぐに返信が来た
「大丈夫?今すぐ行く!」
きっと普段のやりとりから、私がいっぱいいっぱいなことは伝わっていたのだろう。
あぁ、よかった。
ありがたかった。それだけで救われた。
私は外出する用事もあったので、私が親友の家に寄らせてもらう事にした。もう一人の親友も、在宅の仕事を置いて駆けつけてくれた。
話し始めて5分で私は泣き出した。
二人がだまって話を聞いてくれる安心感と、絶対的な味方だという安堵。今までこらえてきた不安、心配、すべてを吐き出した。
今の時代、不安を打ち消そうとスマホを開けば、SNSからは頼んでもないのに色々なアドバイスが勝手に流れてくるし、誰に会っても二人の事を心配して「大丈夫?」と話しかけてくれる。
ありがたい。けど大丈夫なんかじゃない。
でも「大丈夫じゃないです」なんて言えない。
みんな、私や双子を心配してくれて色々なアドバイスをくれる。心配してくれる。
「あれがいいよ」
「これは効くよ」
「それはしない方がいいよ」
いろんなことを教えてくれる。
でも、今の私はそれを受け入れるメンタルを持ち合わせていなかった。有難いけど、すべてが重荷でしかなかった。そういう時期だったのだ。
「お子さんのありのままを受け止めて」
「”普通”にこだわらないで」
正論を耳にする度、
それを受け入れられない自分を責めた。
「事態は悪化している」
「お母さんに責任がある」
頭ではわかってはいても、
それを言われるのはやっぱりつらかった。
「このままで将来どうするつもりなのか」
そんなの、私が聞きたい。
「もっと休ませてあげて」
「いや、もっと厳しくしないと」
色々な方面から降ってくる、心配と善意で出来てる真反対の忠告に、自分がどうすべきなのか完全に見失った。
誰の話を聞くべきなのか、
誰の言葉を信じていいのか。
頭も顔もぐちゃぐちゃになり、泣きながら話す私の話を聞いてくれたあと、友人は言ってくれた。
「二人の不登校は間違いなくカナのせいじゃない。世の中いろんなタイプの親がいると思うけど、あんないい子たちに育った三人を見てて、カナの育て方が間違ってないのはわかる。」
私と子どもたちをいつも身近でみていてくれた友の言葉に、私の張りつめた心の糸はゆっくり緩んでいった。誰かに「あなたのせいじゃない」って言ってほしかったんだ。安心して、また涙が出た。
もう一人の友人も、言ってくれた。
「うちの子も最近学校行きたくないって言うことがあるんだ。でも私は、うちの子は大丈夫だと思ってる。私は我が子を信じてる。自分の子を一番近くで見てきた自分の『勘』を信じてる。」
自分の、勘?
「だからカナも自分の勘と自分の考えを信じていいと思うよ。」と、彼女は言った。
そっか。そうか。そうなのか。
自分の勘を、信じればいいのか。
誰の話を聞くべきなのか、
誰の言葉を信じていいのか。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
でも、そっか。
母である、自分の勘を信じればいいのか。
二人を一番近くで、一番長く見てきた私の勘を信じよう。この世界で一番、二人の事を考えている自信がある。
だって、私は母だから。
だからきっと、あの子たちのことに関しては、
私の勘は正しい。
私が、自分が、
その時その時で正しいと思ったことを選ぼう。
親友の言うとおり、
私は自分を信じることにした。
そう決めたら、スーーーっとひとすじの細い道が見えてきた気がした。今にも割れそうだった私の風船の、空気がゆっくり抜けていくのがわかった。
スピリチュアルな男に言われたからでも、誰に言われたでもない。きっとあの子たちなら大丈夫。私がそう思えているから大丈夫。
私は、自分を信じることにした。
もし、不登校や、反抗期や、
子育ての悩みがあるのであれば。
どうするべきなのか、
どうしたらいいのか、
誰の意見を信じていいのかわからなくなったら。
我が子を一番近くで一番見てきた自分の勘、
信じてみませんか。
きっと大丈夫だと思えるなら大丈夫。
大丈夫じゃないなら、出来る範囲で出来る事を
精一杯してあげればいい。
例えそれが後で間違いだったと分かったとしても、精一杯我が子の事を考えて向き合って結論を出し、行動に移したそのこと自体に、きっとめちゃくちゃ愛がこもっていて、それはきっと次の何かに繋がって、道が拓けると思う。
間違えてたって、またそこからやり直せばいいじゃないか。私たちが必死に向き合ったこと自体が、我が子にきっと伝わると思う。あぁ私のこと、精一杯考えてくれたんだなって。
私もまだまだ道半ばだけど、きっとこの言葉をお守りのように胸に抱えて、これからも子どもたちと向き合っていく。
「私は、私の勘を信じる。」
私は、自分を、我が子を信じる。
カンタンじゃないけど、頑張ってみようと思う。
みんな、毎日おつかれさま。
おいしいものたべて、
あったかいお風呂に入って、
ゆっくり寝ようね。
自分、大事にね。
みんな、おつかれさん!!!
