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「なんかわからんけど気になる」を残しておく|私の学びノートの作り方

今日は私なりの学びノートの作り方について書く。

書こうと思ったきっかけは友人からの言葉だ。

数日前のnoteで「1年半前の自分の言葉を思い出して、これから追求したいテーマが見つかった」と書いたのだけど、

友人から「過去を鮮明に覚えているのは、しっかり振り返って残してるからだよね。かなえさん流の学び方も発信できるのでは?」との言葉をいただいたのだ。

え、そうかな?
うれしい〜😍

友人の言葉にすっかり気をよくしたので、私流の学び方を公開することにする。

そんなに特別な学び方をしているわけでもないけれど、人の例って知るだけでも「へー!」となるかもと思ったので書いてみる。いちおう「珍しいかも?」と思う順に紹介する。

テーマごとにノートを作る

いちばんの特徴はこれかもしれない。

私はとにかくノートをたくさん作る。
テーマごとに分けてノートを作っている。

理由はたぶん、探すのが苦手だから。

「あれ、どのノートに書いたっけ?」「何冊も同じノートで、どれがどれだかわからない!」ってなると探すのが大変だ。

探す手間がかかるのが嫌なのだ。整理整頓も苦手だから最初からテーマごとにノートを作ることで解決しようとしている。ノートの分け方の粒度も細かいほうだと思う。

「ウェブマーケティング関連」とか「会計関連」みたいなざっくりしたジャンル分けで作ることもあるけれど、基本的には細かく記録内容ごとにノートを作る。

「ダイエットノート」にはダイエットに関する記録と気づきを書いているし、「失敗ノート」には失敗と気づきを書く。

いまは自分のトリセツを作っている最中なのだが、現時点での納得感に合わせて段階を分けてノートを作っているので、3冊ほどある。

私はひとつの事象に対して何冊も書く。それぞれで学びと気づきの内容が微妙に異なるからだ。

たとえば私は5月にダイエットが思うように続かなかったのだが、ダイエットノートには「5月は中断した」と書き、失敗ノートに「5月のダイエットが2週間できなかった。なぜだろう」と書いて内省する。

考えた結果「私は睡眠が足りていないときに自分を大切にできない傾向があるかも」と気づいたら、それを「自分のトリセツノート」に書く。

こうしておくと、次に同じようにペースが乱れたときに「私の意志の問題じゃなくて、もしかしたら睡眠が足りないのかもしれない」と考えることができる。

右から
ダイエットノート、失敗ノート、トリセツ

毎日の手帳にはその日の出来事やスリー・グッド・シングスを書くのだが、スペース的に深掘りまではできないので、あらゆる深掘りは別のテーマ別ノートでやっている感じだ。

新しくなにかを講座で学ぶときには、まず新しくノートを作る。「この学びにはどんなノートが合うかな?」と悩むことも楽しかったりする。

この水色のLIFEノートはコンパッションの学び用だ。長く残したいと思ったので長期保存に向いていそうなノートを選んだ。

LIFEノートのA5、罫線タイプ

▼ 30冊の学びノートのnoteからも変人ぶりはうかがえる(現在はノートの冊数はさらに増えている)

とにかく書く。メモをめっちゃとる

私の学び方で次に特徴的なのは、メモの量かもしれない。

最近のコンパッション講座ではノート5ページ分のメモを書いた。少ないときも平均して3ページは書いている。学び以外でも、一回の会議で2ページは書く。

なにを書くかというと、学びの内容そのもの以上に「よくわからないけどひっかかった単語」とか「ふと閃いたこと」とか「じっくり考えたいと思ったこと」「あとで検索したいと思ったこと」だ。

単語だけをメモすることも多い。先日のコンパッションのメモには「バランス」と書いた下に「自分」「家族」「他者」と書いてある。限りある自分の時間をどう割り振れば納得できるのかを考えたいと思ったのだと分かる。

謎に「聖女」と書いてあってウケる

私は物心ついたときから、とにかくメモを取りまくってきた。

小学生時代から自主的にまとめノートを作っていたし、そういえば新卒時代に褒められたのも「メモを取る姿勢」だった。(褒めるところがそこくらいしかなかったのかもしれないが。笑)

私は性格的にものごとの全体像を理解しないと気持ちが悪いタイプなのだが、理解できるまで時間がかかる。

「あっ、そことそこがつながってるのね?」みたいなのが瞬時に閃く人間ではない。膨大なインプット量が必要なのだ。ある程度のインプットをしてようやく、すべてのパズルがはまっていく感覚が訪れる。

だから、まずはとにかく書くことで頭に叩き込む。

臨界点を超えれば「わかった!」となることは経験からわかっていても、そのタイミングがいつくるかはわからない。だから、いつもどこか不安があるのだ。焦りと戦うために、とにかく情報を入れまくる。

メモを書くのはデジタルよりも紙のノートのほうが好きだ。メモとメモをつないだり、色をつけて目立たせたり、シールを貼って可愛くしたりすることで記憶に残りやすくなるしテンションも上がる。

私にとってノートを書くことは淡々と地味にやるものではなく、見た目にも可愛く、見返してもテンションが上がる感じで残しておきたいものなのだ。そのほうが楽しいから。

デジタル全盛期の現在なので、Notion活用なども試したことがあったが、どこになにを保存したかわからなくなるだけだったので断念した。

私は情報の整理が下手すぎるのだ。たぶん脳内で、情報をフォルダではなくシナプス的につなげて記憶しているので、階層ごとに保存するのが苦手なのだと思う。ノートを分けたくなる理由でもあるかもしれない。

人に共有前提のときはデジタルにメモすることもあるけれど、やはり手書きの方が頭に残る。自分のための学びにするなら圧倒的に紙ノートにメモする派だ。

感覚として私は記録のため半分、理解のため半分でメモしているので、メモすることは講座を理解することに直結するのだ。

よく「講座の資料は後から渡しますので(メモを取る必要はないですよ)」と言ってもらえることもあるのだが、資料がもらえようがもらえなかろうが私のメモ取りには関係ない。

「いま、この瞬間に心に響いていた言葉」を書き残しておくことに、大きな意味があるのだ。後からでは思い出せないし、時間が経ったら感覚も変わってしまう。そのときのメモが大事。

同じことを見たり聞いても響くポイントが異なるのも学びの面白さだ。自分も変わっているから、感じることが変わっていく。

書きながら思ったが、私がなかなか本を捨てられないのも、ここが関係していると思う。いまの私には要らなくても、3年後の私にも要らないとは言い切れない。

ノートも同じで、いまは意味がわからないメモでも、未来の自分が意味を見つけてくれることがある。「なんかわからんけど気になるからメモしておこう」は、自分で思うよりもかなり大切な行為なのだ。

メモをコピーして、まとめノートに貼る

学びはそれだけでは身につかないので、学んだことは振り返りたい。とはいえ忙しい現代人、振り返りするのはかなり難しい。手書きメモを書き写す時間を取るのも不可能に近いだろう。

なので私は、コピー&ペーストでまとめノートを作る。「とりあえず、ここを見れば全部書いてある!」の状態を作ることが大切だと思っている。

私は講座での学びの場合、書いたメモはその日のうちに家庭用プリンターで縮小コピーして、まとめノートに貼る。

縮小コピーするのは、雑に切ってもはみ出さないためと、糊で貼りやすくするためでもある。

なお私がやたらとコピーするので我が家にはずっと家庭用プリンターがあるし、紙もインクも買い溜めしてある。壊れたらその週末に買い替えるレベルだ。

ただ毎回プリンターの電源を押して起動を待ち印刷するのが微妙に手間ではあるので、ハンディタイプの安いプリンター売ってないかな?とずっと思っている。

とはいえ切って貼るだけならコピーする時間を含めても10分もかからない。はさみで切る行為はデトックスにもなるのでおすすめだ。

貼るときは後からコメントを書き足せるように、余白を大きめに取るのがポイント。

特にコンパッションのような「身につけるのに数年以上かかりそうな学び」は、一年経つごとに感覚も変わっていそうなので、余白はかなり多めに取る。

今回は結果的に1年後にまた学び直すことになったが、余白がたくさんあるので書き足せる。ペンの色を変えると、いつのメモかがわかっていい。

去年のメモを見返すと、同じ講座を受けているのに、反応している言葉が違っていておもしろい。

冒頭で書いた「人生の軸にしていきたいこと」の源泉が、ノートのページに書いてあった。1年前の私が書いていたらしい。偉いな、過去の私。

コンパッションでは毎回「なんのために学ぶのか」を瞑想する時間があるのだけど、書いていることも毎回違う。

あるときは「穏やかで機嫌のいい自分になりたい」と書いているし、別のときは「笑顔で健康でありたい」と書いている。

自分の関心事も日々変化しているんだなーとノートを眺めると気づける。同じ言葉を聞いていても、受け取っている自分の状態が違えば、アウトプットも変わるのだ。

とにかくアウトプットする

学びをアウトプットすることも意識している。

私なりのアウトプットの方法は、noteを書くことと、人に話すこと。あとは実務での実践。

noteは書くことで脳内整理ができるし、書きながら新しい気づきが生まれたりする。

人に説明しようとすることで「つまりどういう学びなのか」の本質部分を抜き出す訓練になる。

私はよく夫と息子に最近読んだ本の感想を話すのだが、話しながら「矛盾してるか?」とか「理論が甘いかもしれない」と内心ドキドキしている。あとでこっそり復習する。

たまに夫に「それおかしくない?」と突っ込まれてぐぬぅ…となったりするが、学びが定着しきってない段階でも説明しようとする行為自体が大切だと思っている。

実践できるのがベストで、前に読んだ質問術の本は即実践できた(というか実践するために買った)ので、生きた学びになった気がする。

できるだけ学びたてのことを仕事で実践できるよう、最近興味のあることを口に出したり呟いたりしている。

こうして書いてみると、私にとってノートは、情報をきれいに書いて整理するためのものではないのかもしれない。

そのときの自分がなにに反応したのか、どこでつまずいたのか。それはなぜだったのかを書き残している。

過去の自分を未来の自分が振り返ったときに、「このときより少しは成長したかも」と思えるように。

いまは意味がわからなくても、あとから「そういうことだったのか!」と急に意味がわかることもある。

だから今日も私は「なんかわからんけど気になる」をノートに残しておく。

毎日note、259日目。

▼ 大人の学びノートの話

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▼ 失敗ノート

▼ 感情を吐き出すノート

▼ 包装紙で仕事ノートをデコったときの話


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