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私の労働遍歴①


見出し画像のネコチャンは当時のバイト先の近くの駐輪場にいつもいた猫です。かわいいね。


労働の始まり


ちょっと昔の話です。
短大時代の私は、とにかく働いていました。

保育科に通いながら、単発バイトと主となるバイトを同時に回して、空いた日にはさらに単発を詰め込む。
雑貨屋を辞めたあと居酒屋を始めて、人手が足りないと聞けば結構出勤する。
周りには、少しのバイトで常に遊んでいるように振舞おうとしていました。


今振り返ると、「そんなに?」って自分でも思います。

でも当時の私は、スケジュール帳が真っ黒になることに安心していました。

働いていると、ちゃんとしている気がするんです。

将来が決まっていなくても、
何者になるか分からなくても、
とりあえず“今日やること”はある。

それだけで、世界が少しだけマシに感じる。

正直に言うと、お金も欲しかったです。
でもそれ以上に欲しかったのは、
“家にいなくていい理由”でした。

実家暮らしで、大学生にもなって門限があって理由がないと外出できない。
当時は隣の大学の軽音サークルが拠り所でしょっちゅう外泊をしていました。
だから私は理由を量産しました。

「今日はバイトだから」
この一言は、ほぼ魔法でした。

母は言っていました。

「今は何も決まってなくても、いずれは大丈夫になる」
そこから母の若い頃の苦労話が始まるんですよね。

母を責めたいわけではないんです。
あの人も、きっと不安だった。

でも私は、“いずれ”より“今夜どこにいるか”のほうが切実でした。

だから働いた。そして家族以外と関わった。

働いている間は、自分のことを考えなくて済むからです。

将来どうするのか。
本当に保育士になるのか。
私はちゃんと大人になれるのか。

そういう問いは、レジ打ちをしている間は浮かんでこないし。
試食販売とかで同じセリフを繰り返していると思考が薄まり、工場のラインに立てば体をただ動かす。

単発とかのアルバイトは、思考停止装置みたいなところがありました。

しかも、働けば褒められることもあるんです。

「助かったよ」
「真面目だね」
「次いつ入れる?」

その言葉は、家で聞くどんな言葉よりも私を肯定しました。

短大で将来に迷っている私よりも、
現場で“使える人”の私のほうが、肯定された。

だから私は、シフトを増やしました。

人から求められる=存在価値がある、
みたいな感覚。

今思うと、だいぶ危ういですよね。
でもその感覚は今もあります。

あの頃の私は、働いたり、そのお金を友人や飲食店で使うことでしか、自分を保てなかったんです。

アルバイトはお金をくれるだけじゃない。
“今日の役割”をくれる。

それが、当時の私には必要でした。

日替わりの人格


単発バイトをたくさんやりましたけど、向き不向きははっきりしていました。

まず、意識の高い系アパレル。

「ブランドコンセプトを理解してほしいんだよね」
「接客は提案だから」

発声練習させられる店舗もありました。
売上目標。
ブランド哲学。

私はその“熱量”に、ちょっと息が詰まりました。

もちろん洋服は好きです。
でも、服を売ることに人生を賭けている人たちの中に入ると、自分が薄っぺらく感じる。

「そのお色味お似合いです!」と笑いながら、
頭のどこかで「今日だけなんだよな」と思っている自分。

本気の人の中で“仮の人”をやるのは、けっこう消耗しました。

棚卸しもやりました。

閉店後の店内で、ひたすら商品を数える。
数字。
バーコード。
無言。

あれは静かな戦場です。
私は途中から、数字がもう訳わかんなく見えてきました。

集中しているようでしていないし、無心で手を動かす。


工場のラインも同じでした。
同じ動きを何百回も繰り返す。
正確さが命。
スピードも求められる。

私はどうも、一定のリズムに長時間身を預けるのが苦手みたいでした。

単純作業が嫌いというより、
“誰とも話さずに終わる一日”がしんどかった。

そのことに気づいたのは、駅前でティッシュを配っていた時です。

ほとんどの人は無視します。
目も合わせない。
透明人間みたいな気分になります。

でもある日、
年配の女性が立ち止まってくれたんです。

「寒いのに大変ねぇ」
となんか飴を渡されました。

それだけ。

キャンペーンの説明なんて聞いていない。
ただ、私を“人”として見た一言。
あの瞬間、胸の奥がじんわりしました。

あ、私これ好きなんだ、って。

商品を売ることでも、数字を合わせることでもなく、
“人とつながること”。

不動産展示会の受付もそうでした。

カップルが未来の家を見に来る。
少し緊張した顔で名前を書く。

「ありがとうございます」と言うだけの役目。

でも、ふっと目が合って、
「今日はよろしくお願いします」と返されると、
私はちゃんと“そこにいる”。

夏休みのイオンモールとかのお化け屋敷も同じです。

叫び声のあとに笑い声が混ざると、
ああ、今ちゃんと仕事したなと思う。

私は社会の歯車になりたかった時期もあるけど、
完全な無機物にはなれなかった。

棚卸しや工場で感じた違和感は、
たぶんそこなんですよね。

試食販売とか、イベントスタッフとかの方が楽しく感じて、人間の反応がないと物足りない。

無視されると少し寂しくて、
声をかけられると嬉しい。

単発を繰り返す中で、
向いてない仕事も山ほどやりました。

でもそのおかげで、はっきりしたことが一つある。

私は、人と接するのが好きなんです。

深くなくていい。
一瞬でいい。
「ありがとう」
「助かった」
「いてくれてよかった」

そのやりとりがあるだけで、
私はちゃんと存在している感じがする。

単発の仕事は、日替わりの人格でした。

でもその中で、
変わらない自分の輪郭が少しだけ見えました。

私は、機械よりも人のほうがいい。

その発見は、小さいけれど、
この先のバイト選びをじわっと変えていくことになります。

初めての接客バイト


単発の合間にずっと続いていたのが、雑貨屋でした。

中学の同級生である友人と一緒に応募して、
一緒に採用された店。
あのときは「一緒に受かったね!ラッキー!」くらいの軽いテンションだったんですけど、気づけば学生時代の中でいちばん働いた実感を得ることになりました。

その店は、いわゆる意識高い系ではなかったです。
売上目標で詰められることもない。
朝礼で理念を唱和することもない。

でも楽かと言われると、そうでもない。

扱っている商品は、単価が安いものばかりでした。
アクセサリー、文具、小さなインテリア雑貨。

つまり、回転数が命。

一人のお客様が3,000円以上買う店じゃなくて、
数百円を何人もが積み重ねる店。

平日はわりと穏やかでした。

レジに立ちながら、
少しだけ世間話をして、
棚を整えて、商品の位置を覚えていく。

「これプレゼントなんですけど、ラッピングとかっていけますか」
そんな一言から会話が始まる日もある。

ああ、私はやっぱり人と話すのが好きだなと思える時間でした。

でも土日と祝日は別世界です。

開店直後から人が流れ込む。
レジ待ちの小さな列。
ギフト包装が重なると紙や袋、プチプチやリボンの山。
補充が追いつかない棚。

接客どころじゃない日も、正直ありました。

「袋ください」
「別会計で」
「やっぱり電子マネーにしてください」

目の前の処理で精一杯。

単価が安い分、スピードが求められる。
迷っているお客様をゆっくり待つ余裕もない。
その忙しさの中で、私は初めて“チームで店を回す感覚”を覚えました。

声を掛け合い、次に何をするか分かる。
誰かがラッピングに入れば、誰かがレジをフォローする。
在庫が減れば、言葉にしなくても補充に走る。

季節イベントの時期は特にそうでした。
クリスマスや正月。
母の日やバレンタイン。

店内は飾りつけで少し浮かれていて、
お客様の顔もどこか楽しそうで、
その分、忙しさも倍増する。

閉店後、運良く2人くらいでレジを締められる日は
「今日やばかったねー」と笑う時間が好きでした。

単発バイトは“今日限り”。
でも雑貨屋は、積み重なっていく。
顔を覚えてくれる常連さんも稀にいました。

「この前のおすすめギフト喜んでもらえたよ」
その一言で、何時間分かのレジ打ちが報われる。

私はここで、“接客どころじゃない日”と
“ちゃんと接客できた日”の差を知りました。

忙しさに流されると、作業になる。
少し余白があると、人との関わりになる。

そして私は、作業よりも“人でいられる瞬間”のほうが好きだと、はっきり分かりました。

雑貨屋は、派手ではないけど、
小さな社会見学でした。

単価の安い商品を積み重ねるように、
私は少しずつ、働き方の感覚を覚えていきました。

ああ、私はたぶん、
「人と関わる現場」が向いている。

その確信が、じわじわ育ったのがこの雑貨屋でした。

初の飲食


雑貨屋で「接客、向いてるかも」と思い始めた私は、かなり調子に乗っていました。

人と話すのは好きだし、笑顔も作れる。

やる気だけは、ちゃんとあったんですよ。
「次は飲食だ」って、ちょっと背伸びした気持ちで入った居酒屋でした。

でも、いざ立ってみると今までの接客とは空気が全然違うんですよね。
酔っ払う人がいる世界って、それだけで難易度が跳ね上がるんです。

声が大きくなる人。
急に距離が近くなる人。
なんかちょっとセクハラとかする人。

お店は広くなかったし、単価も高めだったから荒れることは少なかったんですけど、それでも「素面の接客」とはまるで別競技でした。

雑貨屋での接客が“やわらかい対話”だとしたら、
居酒屋は“瞬発力と判断力のスポーツ”みたいな感じで。

店長兼オーナーは、飲食一筋の人でした。
声は低くて、指示は的確で、そして容赦がない。

今まで上司が女性ばかりだった私にとって、
男性の上司という存在も初めてで。

叱られるたびに思ったんです。

ああ、私ってまだまだクソガキなんだな。
社会人になるには早すぎたんだなって。

なんでこんなに怒られるんだろう。
きっと、私の要領が悪いせいだ。
ちゃんとやっているつもりなのに―その“つもり”が間違っているのだと思っていた。
自分を責めること以外の選択肢があるなんて、その時の私は、まだ気づいていなかったんです。

実習が重なって遅刻したこともありましたし、
体調を崩して休んでしまったこともあります。

今思えば、自分に甘かった部分も確かにあったんですよね。
「学生だから仕方ないよね」って、どこかで自分を庇っていたのかもしれません。

でも当時の私は、
何が未熟で、何が環境のせいで、何が単なる経験不足なのか、ちゃんと分けて考えることができなかったんです。

全部ひっくるめて「私がダメなんだ」と思うほうが、ある意味では楽だったんですよねぇ。
理由が一つにまとまるから。

接客を、甘く見ていた。
人と話すのが好きなだけでは、成り立たない世界があることを、ここでようやく知りました。

怒られながらも、やっぱり人と向き合う瞬間は嫌いじゃなかった。

そのことに、まだちゃんとは言葉を与えられていなかったけれど。

そしてしばらくして、飲食向いてないな〜って思って一旦離れちゃったんです。


はじめての正社員


短大の後半、私はもう保育士にはならないと決めていました。
実習先の保育と、授業で培った保育観のズレが生じて現場に立つのが嫌になったのです。
親には言っていなかったけど、心の中ではもう決定事項でした。

卒業からしばらくして選んだのは、雑貨屋の正社員。
決まった瞬間、居酒屋を辞めてしまいました。


その店は何店舗か入るテナントの中のひとつで、ワンフロア全体を牛耳っていました。
アパレルやカフェ、インテリア雑貨、コスメもお菓子も置いてある、ちょっと小綺麗で、ちょっと“ちゃんとしてる”お店でした。

履歴書を持ってオープニング説明会に行って、軽い面接をして、程なくしてすぐ決まったんですよ。
つくづく変なとこで運がいいです。

あまりにもあっさり決まったから、
「あれ、私ってもう社会人なんだ」って、少しだけ拍子抜けしたのを覚えています。

理由はシンプルでした。
安定がほしかったんです。
そして、その当時は親の小言を止めたかった。
保育科を辞めても保育士にならず、居酒屋と単発バイトのフリーターだった私に気を揉んでいた母は表面上はようやく安心できたというわけです。

社会保険がある。
月給制。
“正社員”。

その響きだけで、家の空気が少し柔らかくなったんです。
母は心底ほっとしていました。
私も、ほっとした“ふり”をしていました。

でも働き始めてすぐに気づきます。

朝から夜まで働くって、こんなに長いんですね。

学生時代の夕方シフトや単発の自由さとはまるで違う。
シフトは固定、責任は常にある。
「今日はやめとこ」がない。

自由が消えた、というより
“逃げ場がなくなった”感じでした。


そして、コスメのブースを任されるようになりました。

肌質や好みを聞いて、提案して、
「それにします」と言ってもらえる。

必死に働いてるうちに常連さんがつきました。
「あなたに聞きたくて」って言ってもらえた時、
ああ、私はちゃんとここにいるんだなって思えた。

「この前のおすすめ良かったから、リピートしますね」
と私がいる日を狙って言いに来てくれた方もいました。

あの瞬間は、本当に嬉しかったです。

接客への自信が、少しずつ積み上がっていった。
“私に向いていない仕事”を探す時期は終わって、
“私に向いている瞬間”を見つけ始めていました。

でも、職場内の人間関係は別問題でした。

店長以外は全員女性。
女子校みたいな嫌〜な空気。

悪意は確実にあっただろうな。
それにあの腹の探り合いの居心地の悪さ。

やっぱりいい大人になっても、言いやすい人を見下す人はいるんですよこれが…


私は昔から、人に合わせるのが得意でした。
ではなく、顔色を伺ってビクビクと生きてきたのかもしれません。

意見を言うことを諦めていたし、同時に言うだけ無駄、同じレベルになりたく無くて黙っていたら
「言いやすい人」のポジションにいました。
(今も職場によってその節はある)

女子校みたいな職場でそれを毎日やられきゃいけない。

時間が、長い。

月給制になったのも、最初は嬉しかったんですよ。
でも、理不尽な残業が続いた月、
ふと計算してしまったんです。

これ、時給に直したら800円台じゃない?
あれ、私安定してるはずなのに。
安定って、なんでしたっけ。
安心材料のはずの社保にプラスで税金は引かれて、手元に残るお金はぶっちゃけ10万程度でした。

正社員=正解。
そう思いたかった。

でも、どこかずっと宙ぶらりんでした。

飲食を逃げるように辞めた私が、
今度は“正社員”にしがみついている。

思っていた社会人に近づいているようで、
どこか違和感を感じている。

「ここならやれる」と思って入ったのに、
気づけば、人間関係と給与の低さにじわじわ削られていきました。

そして私は、
ボーナスが出るであろう5ヶ月前に辞めます。

合理的じゃないですよね。
でも、その5ヶ月も我慢する方がどうしてもできなかった。

安定よりも、自分の体力の方が大事でした。
上司には引き止められました。なんかやりがいがどうとか言ってた気がする。

それだけじゃ飯は食っていけないです。

結局、私はまだ“正解”を選べていなかったのかもしれないし、
ちゃんと“自分で選び直していた”のかもしれない。

正社員になったことで、私は初めて知りました。

普通になる安心と、
普通に縛られる息苦しさは、
紙一重なんですよねぇ。

そしてまた、私は動きます。

アルバイトは逃げじゃない。
正社員もゴールじゃない。

労働は、肩書きよりも、
その場所でどう息ができるかなんです。



つづく

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