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すかいらーく: 「何でもある」は負けフラグ?ガストを削ってでも「専門業態」へ舵を切る生存戦略

【連載】真価の再定義 〜コモディティ化を突破する「次世代の勝ち筋」【第2回】


■はじめに

街を歩けば、風景の変化に気づくはずだ。かつてはどこにでもあった「ガスト」の赤い看板が、落ち着いた木目調の「むさしの森珈琲」や、南国の風を感じさせる「La Ohana(ラ・オハナ)」、あるいは連日行列を作る「しゃぶ葉」へと掛け変わっている。
日本最大のファミレスチェーン、すかいらーくホールディングスがいま進めているのは、単なる店舗の改装ではない。それは、昭和・平成を象徴した「総合力」というビジネスモデルとの決別であり、特定のニーズに深く突き刺さる「専門性」への大転換である。

なぜ彼らは、圧倒的な知名度を誇る「ガスト」を自ら削るという、一見すると身を斬るような痛みを伴う戦略を断行しているのか。そこには、コモディティ化の荒波を生き抜くための、冷徹かつ合理的な「真価の再定義」が隠されている。

■PPMの原則が教える「金のなる木」の正しい使い道


PPM

この戦略を読み解く上で、まず立ち返るべきは経営学の古典的フレームワークであるPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)だ。
多くのビジネスパーソンは、PPMを「現在の立ち位置を分類するツール」だと誤解している。しかし、PPMの本質は「キャッシュ(資金)の還流」にある。すかいらーくにおいて、長年「ガスト」は圧倒的な市場シェアを誇り、多額の現金を稼ぎ出す「金のなる木(キャッシュカウ)」であった。

しかし、市場の成熟に伴い、総合ファミレスという業態自体の成長率は鈍化している。ここで多くの企業が陥る罠が、稼ぎ出したキャッシュをそのまま「金のなる木」の維持や微修正に再投資し続けてしまうことだ。それでは、市場の衰退とともにブランドも共倒れになる。

すかいらーくの賢明さは、「ガスト」がまだ稼ぐ余力を持っているうちに、そのキャッシュを次々と「問題児(新たな専門業態)」へと注ぎ込んだ点にある。
「しゃぶ葉」や「むさしの森珈琲」といった専門業態は、投入当初はコストがかさむ「問題児」であった。しかし、ガストから流し込まれた資本と、蓄積されたセントラルキッチンのノウハウによって、これらは瞬く間に高成長・高シェアを狙える「花形(スター)」へと育成された。

いま私たちが目にしている「ガストの看板の架け替え」は、育て上げた「スター」がいよいよ本格的な利益成長フェーズに入ったという、戦略的勝利の宣言なのである。

■「居心地」という空間価値に、人は1,500円を支払う

では、なぜそこまでして専門業態を育てる必要があったのか。それは、消費者が飲食店に求める価値が「機能(お腹を満たす)」から「情緒(体験・空間)」へと完全にシフトしたからだ。

例えば、「むさしの森珈琲」を分析してみよう。ここで提供されるふわっとしたパンケーキと高品質なコーヒーのセットは、1,500円から2,000円近い価格帯になる。ガストの客単価が1,000円前後であることを考えれば、倍近い差がある。

それでもなお、客足が絶えない理由は、単に「パンケーキが美味しいから」だけではない。そこにあるのは、ゆったりとしたソファ、木の温もりを感じる内装、そして「何時間でもいたくなる」と思わせる居心地の良さという「空間価値(情緒的価値)」だ。

ガストが追求してきたのは「効率」である。配膳ロボットの導入やデジタルメニューによるセルフ化は、機能価値の最大化には寄与したが、一方で「滞在する喜び」という情緒的な側面を削ぎ落としてしまった。
対して、むさしの森珈琲などの専門業態は、ブランドの個性に合わせた空間設計に徹底して投資する。顧客は「パンケーキという物」に金を払っているのではなく、日常の喧騒から切り離された「豊かな時間」に金を払っているのだ。この価値の再定義こそが、コモディティ化し、価格競争に明け暮れる外食産業における数少ない「勝機」となっている。

■「選択と集中」の本質は、捨てる勇気にあり

本稿で最も強調したいのは、すかいらーくが示した「選択と集中」の真の定義だ。

現代のビジネスシーンにおいて、「選択と集中」という言葉は安易に使われすぎている。実態を見ると、「どれを選ぶか」には熱心だが、「何を捨てるか」を決められない企業がほとんどだ。不採算だと分かっていても、過去の栄光や既存顧客への配慮からブランドを維持し続け、結果としてリソースが分散し、全てのブランドが弱体化していく。

しかし、すかいらーくは違った。彼らは「ガストを捨てる(縮小する)」という、最も困難な「引き算」を断行したのだ。
全国に張り巡らされたガストの店舗網は、彼らにとっての強力な武器であると同時に、変化を阻む重石でもあった。彼らは、自社のコア・コンピタンス(真の強み)が「ガストという看板」にあるのではなく、裏側にある「高度な物流網とセントラルキッチン」にあることを見抜いていた。

土台さえしっかりしていれば、上に乗る「看板」は時代に合わせて架け替えて良い。この冷徹なまでの割り切りこそが、ガストの店舗を次々と潰し、専門店へと生まれ変わらせる原動力となった。

「選択」とは、単に選ぶことではない。選ばなかったものを「捨てる」ことである。すかいらーくは、総合ファミレスという成功体験を潔く捨て去ることで、専門業態という新たな市場での覇権を手に入れたのである。

■抽象化:あなたのキャリアは「ガスト」になっていないか?

この戦略は、個人のキャリア戦略にも恐ろしいほどの示唆を与えてくれる。
もしあなたが、上司から「何でもできる便利屋」として重宝されているとしたら、それは「ガスト化」しているリスクの兆候かもしれない。便利ではあるが、価格競争(給与の抑制)に巻き込まれやすく、より特化したスキルを持つ「専門店(スペシャリスト)」に市場を奪われる可能性があるからだ。

すかいらーくがガストのキャッシュを使って「むさしの森珈琲」を育てたように、私たちも現在の職務で得ているリソースを使って、自分の中に「特化した専門性」というスター業態を育てなければならない。

・今持っているスキルのうち、どれを「捨てる」べきか?
・どの「専門性」にキャッシュ(時間と努力)を全投入すべきか?

真価の再定義とは、過去の自分を否定し、新しい文脈で価値を構築し直す苦痛を伴うプロセスだ。しかし、その先にしか、コモディティ化という名のどん詰まりを突破する道はない。

■結びに:読者への問いかけ

すかいらーくが「何でもある」という安心感を捨ててまで求めたのは、顧客の「熱狂」だ。
皆様のビジネスにおいて、あるいは皆様自身のスキルセットにおいて、「あえて捨てたこと」で得られた成果はありますか? または、「捨てたいけれど捨てられない」と足踏みしているものは何でしょうか。
「選択と集中」という言葉に隠された「捨てる勇気」について、ぜひ皆様の考えをコメントで教えてほしい。

PPMや、「選択と集中」についても、研修の中で触れていきます。

■現在募集中のイベント


【参考情報】

・​PR TIMES:株式会社すかいらーくホールディングス プレスリリース(2023/10/17)
「マロニエゲート銀座2 パワーアップオープン:『むさしの森珈琲』など専門店業態の出店を強化」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000418.000017486.html

【マーケティングコラム第132回】

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