分解人 file 001 「友人のお坊さん3人」
みんな京都に住んでいる、お寺の住職さん。
性格は三者三様で、
僕が一緒にバンドを組んでいる年下の友人もいれば、
年上の人生の先輩だったり、ただのご近所さんだったりする。
共通点は、ひとつだけ。
いつ訪ねても――それがかなり突然でも――
お寺が必ず綺麗に清掃されていること。
埃がない。
蜘蛛の巣が張っていない。
人が住み、時間が流れているはずなのに、
なぜか「澱み」が残っていない。
いつも不思議だなと思っていたけれど、
分解人という視点で見ると腑に落ちた。
分解人としての彼ら
【環境】
「生産的に働く中心」にはいない。効率や成果を競う場所から、少し距離のあるところに立っている。
【納期】
住職でありながら、彼らは口を揃えて「自分はまだ修行の身だ」と言う。
完成も、到達も、区切りもない。つまり、納期がない。
【成果】
言葉を残してくれることもある(含蓄のある冊子とか)。場をひらくこともある。作品やイベントになることもある。けれど、数値的なゴールは存在しない。
【伝承】
お寺は「自分のもの」ではなく、預かっているものだという認識がはっきりしている。今その場を預かっているだけ。必要があれば、すぐ手放していく気配がある。
そういう意味で彼らは、生産的に「何かをつくる人」というより、世の中の“心のお掃除屋さん”のように見える。
消費はする。でも、無駄に消費している感じがしない。
質の高い浪費、と言うと失礼かもしれないけれど、
いいものをきちんと受け継ぎ、シンプルで、美味しいものを食べ、飲んでいる。だから訪ねたくなる😅
この分解人たちは、いったい何を分解しているのだろうか。
分解しているもの
生産的であろうとしすぎること。
消費的であろうとしすぎること。
「ちゃんとしていなければならない」という社会の姿勢。統合されていく先
これは、はっきりいって不明。
ご自身にとっては悟り的な何かなのか、
他者にとっての心の安らぎなのか。
あるいは、ただ場が澄んだ状態で継承されていくことなのか。
今度、飲みながら、この辺り聞いてみようと思う。
※この分解人 file は、
菌類の生態にならい、
【環境】
【納期】
【成果】
【伝承】
の4つの視点で観察し、
最後に
「何を分解しているのか」
「何へと統合されているのか」
を整理する記録として続けていく予定。
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