小麦とバターとクリームと
今朝からクロワッサンが食べたくてしかたがない。
やはり深夜にクロワッサン動画を見てしまったのがいけなかった。
ホテルのキッチンでひたすら大量のクロワッサンを作る、大量のクロワッサンが練って、折って、巻かれて、そしてこんがりと焼かれていた。
そう、今必要なのは、その辺で売っているような形だけのクロワッサンじゃない。
バターの力で全力で殴りかかってくるような、そんな強いクロワッサンだ。
今日は絶対に強いクロワッサンを食べるぞ、という強い気持ちで、ブールアンジュに来た。
ここのパンは全てが暴力装置だ。
ハズレがないというか、全部が全部素材と手間の力で殴りかかってくるパンばかり。
その分値段は結構するけれど、今日はクロワッサンをひとつ食べられれば良い。
あっ、ここのパン・オ・ショコラは絶品なんだよねぇ。ハムとかソーセージのも捨てがたい。
美味しさを知っているものも怖いけれど、食べたことがない新しいのも魅力的で困る。
おっといけない、端から買っていったらえらい金額になってしまう。
今日はクロワッサンの日だ。
私は強い意志で居並ぶパンをスルーしていく。
あっ、ミルクフランスだ。
結局ミルクフランスも買ってしまった。
コーヒーを買ってイートインに座る。
私はクロワッサンと正面から対峙する。
昨日からずっとクロワッサンの事を考えていたので、ようやく、といった感じだ。
そっと持ち上げる。
外側は触っただけで音を立てて崩れていきそうなパリパリ感。
シートにバターの跡が残っている。もうこの時点でちょっと暴力だ。
一口食べる。
外はパリで、でも中はギュッ。
歯ごたえの後にはバターの香りと甘さが口の中に広がっていく。
私は目をつぶってクロワッサンを堪能する。
これが食べたかった。
クロワッサンを食べ終わり、コーヒーを飲む。
ひとつ息を吐く。
よし、次はミルクフランスだ。
ミルクフランスというのはフランスパンにミルククリームが入っているだけのシンプルなパンだ。
砂糖たっぷりのクリームに、さらに練乳が入っていたり、とにかくベタ甘だ。
ちょっと砂糖のジャリジャリ感が残るくらいのベタな感じがおいしい、そんな駄菓子パン。
値段も安いのもあって、もう一個、というときについ買いがちだ。
高級なミルクフランス、というのはもうそれだけで矛盾しているのではなかろうか。
この選択肢は失敗だっただろうか。
私は場違いのものを手に取ってしまった後悔を感じながらも、それを振り払うようにミルクフランスに齧り付いた。
おお、甘い。
ちゃんと甘い、求めていたベタ甘だ。
食べやすいちょうど良い硬さのフランスパンも好印象。
ちゃんとミルクフランスだなこれ……でもこのクリーム、ベタ甘だけど口当たりがまろやかで、やっぱり良いクリームだ。
そして甘さのあとからバニラの香りが来る。これちゃんとしたバニラが入ってますね。
うーん、さすが高級ミルクフランス。
安っぽいパンを、その安っぽさを残しながら高級感を持たせる仕上げになっている。
絶妙なバランス感覚にはただただ頷くしかない。
私はそんなことを考えながら、ミルクフランスを食べきった。
残りのコーヒーをゆっくりと飲む。
バターの暴力と、ミルククリームの甘さを反芻しながら。
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