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私が「マンダロリアン」を観ずに、グローグーを無責任に愛している話

最初に断っておく。
映画「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」は観ていない。ディズニープラスで配信されているドラマも観ていない。

家の小太郎が映画を観に行ってからというもの、グローグーにドはまりしてしまい、テレビでYouTubeの映像を何度も何度も見せられているうちに、うっすらとその世界観を理解するようになったところだ。

というわけで、めちゃくちゃ何にも知らないくせに、いっぱしにグローグーの考察とやらをしてみたいと思う(我ながらいい度胸だ)。

マンダロリアンというグループに属する「マンドー」がこのグローグの育ての親となり物語が進行する。スターウォーズ版「子連れ狼」と思ってもらえるとわかりやすいかと思う。

で、このグローグー。
けなげで頑張り屋なんだけど、とんでもなく好奇心旺盛で、スイッチを触ってはいけないと言われてもすぐ触る、食べ物を盗む、フォースでいたずらをする……。

そのたびにマンドーが「だめだ、グローグー」とたしなめる。たしなめるそばから目を盗んではいたずらを続ける。

この一連のやりとりで見せるグローグーの仕草がとにかく可愛い。見た目はヨーダの子供「ベビーヨーダ」だから、冷静に見た目だけで判断するならばそんなに可愛いはずがないのに、仕草がとにかく可愛くて、あっという間に心をもっていかれる。

あぁ、可愛い。
すっごい可愛い。
とてつもなく可愛い。

でも、と思う。

これが自分の子供だったら、こんなにもろ手をあげて可愛いなんて言ってられるのだろうか、と。

絶対に無理だ。

ケガをされては困る。ひと様に迷惑をかけては困る。なによりもきちんとした大人になるように育てなければいけないという責任がともなう。

だとしたら「だめだ、グローグー」なんて悠長なことを言ってられない。同じことを何回も繰り返したら、ぜったいにもっときつく叱る。

でも、責任がなければ可愛く思えるのかといえば、これもきっと違う。

たとえばグローグーがヨーダと同じ種族ではなくて、人間だったら。それを子役が演じていたら。

しばし想像をめぐらして、これもダメだと思う。

やんちゃで可愛いと思うよりも先に「ちゃんと叱れよ」「親は何やってるんだ」みたいな感覚が先にたつ。

これらを踏まえてもう一度グローグーを見てみると、グローグーは人よりもペットに近い存在なんじゃないかということに気づく。

たとえばネコ。
ネコなら何をやっても許せてしまう。

前足チョイチョイで、テーブルの上からマグカップを落としても「何してんのー」とは言うけれど、次の瞬間には「仕方ないな」と許してしまう。

テーブルにマグカップを戻すそばからもう一度落とされても、腹が立つより、可愛いな、と思ってしまう。なんだったら、いたずらをすればするほど愛らしい。

その愛らしさはまさにグローグーに通じるところがある。

グローグーはしゃべらない。

だけど意思疎通はできるし、喜ぶ、驚く、怖がる、甘えるといった感情表現も豊かだ。

そこにあるのは人間の子供の共感性と、ペットの無条件な可愛さ

このふたつが重なって、グローグーの人気が跳ねないはずがない。

制作側がどこまで意図してグローグーを作り出したかは知らないけれど、緻密な計算通りに自分が踊らされてるなんて思いたくないから、頼むから偶然であってくれ、と願っている。

たぶん願いは通じないんだろうけど……。


で、ここまで語ったところで。

グローグーがめちゃくちゃ可愛いからディズニープラスに加入しちゃいました ♪

となれば記事として収まりがいいんだろうけど、今のところそういう気持ちは全くない。

グローグーは可愛い。

これは間違いないんだけど、ストーリーそのものが私には無理そうなのだ。

日本の「子連れ狼」を参考にしているといわれる今作は、YouTubeのショート動画を観ただけでもその気配をそこかしこに感じる。

子連れ狼を知らない小太郎は「何それ、面白いの?」と他人事だが、私はこのドラマがトラウマレベルで苦手なのだ。

まだ子供の頃。

たぶん幼稚園か、ひょっとしたらもっと幼い時だったか。家族と一緒にドラマを見ていた記憶がうっすらとある。

物語のあらすじなんて全然覚えていないんだけど、とにかく「大五郎!」「ちゃん!!」と叫ぶふたりのやり取りが私には恐怖でしかなかった。

もしも親がいなくなってしまったら、私はどうなるんだろう?

幼いくせにそんなことを思ったのだ。

子連れ狼を見たことある人なら知っていると思うけれど、あの作品はいわゆるシングルファーザーの物語だ。亡き妻の仇に執念を燃やす父と、その父に守られながら暮らす息子。

父は常に危険と背中あわせで、何度も命の危機に見舞われる。そこにはおじいちゃんもおばあちゃんも、近所の顔なじみもいない(私の記憶ではそうなってる)。

父親がいなくなったら、子の大五郎も生きてはいけない。まるで野生動物さながらの過酷でギリギリの生活を見て、幼かった私は心底震えた。

その記憶がグローグーを見て、ぼんやりと呼び覚まされた。

どこからどう見ても立派すぎる大人の年齢になっているというのに、子連れ狼の記憶はいまだに「孤独」の底なし沼のように恐怖と結びつく。

YouTubeのダイジェストを見ただけで、これだ。

作品そのものを観たら、どんなことを思い出すかわかったものじゃない。

感情を揺り動かされる作品に出会うのは楽しいけれど、深層心理の奥の奥に、トラウマレベルでひっそりと眠っていた感情までをも揺り動かしたいとは思わない。

だから。
今日も私は映画もテレビも観もせずに、よく知りもしないグローグーをただ無責任に「可愛い♪」と言い続けている。

どうやら可愛いという感情は、背景もストーリーも何もなしでも、脊髄反射的に湧き立たすことができるらしい。

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