石破茂首相は「選択的夫婦別姓法案」の「党議拘束」を外すという歴史的決断をせよ
国会の会期末が迫る中、「選択的夫婦別姓法案」を立憲民主党(以下、立民)、国民民主党(以下、国民民)、日本維新の会(以下、維新)の野党3党がそれぞれ提出し、審議が始まっている。
立民の法案は、民法と戸籍法を改正し、戸籍上も夫婦が異なる姓を選択できる。そして、別姓を選択した夫婦は、婚姻時に子の氏を決定し、子と同じ氏を名乗る者が戸籍筆頭者となる。
国民民の法案は、民法と戸籍法の改正で夫婦別姓を選択できるのは立民案と同じ。違いは、別姓を選択した夫婦は、婚姻時に戸籍の筆頭者を決定する。筆頭者の姓が子の姓となる点だ。
どちらの党の案も、家族単位の戸籍制度は維持される。
一方、維新案は、民法や戸籍法の改正は目指さない。戸籍上の姓は統一したまま、旧氏を「通称」として公式に使用できる範囲を拡大する。
そして、自民党は選択的夫婦別姓について「家族観にかかわることで、時間をかけてやるべきだ」という考え方、独自法案提出を見送った。
その上で、党内から造反が相次ぎ野党案が可決される事態を防ぐため、選択的夫婦別姓に対する党の基本方針を総務会で決定し、野党案の採決では、反対する党議拘束をかけることを検討している。
何度か言ったことがあるが、選択的夫婦別姓法が成立しても、我が家は別姓を選択しない。これはカミさんの意向である。一方で、娘については、将来結婚する時、別姓を選択してほしいという希望を持っている。それは、「上久保」という姓を途絶えさせたくないという私の希望である。
私は自分のことを変わった人間だと思わない(笑)。私の考えは日本の「静かな多数派(サイレントマジョリティ)」の多くの人が考えることだと思いますよ。
核家族が増えた日本。近所付き合いはあいさつくらい。なにをやってるかもわからない。家の表札に私の姓と妻の通称が併記されていても、誰もなにも思わない。通称使用は一般化してるので、みんなそんなものだと思っている。
子どもも1人か2人。娘だけの家も多い。娘が結婚すればいずれ、自分の姓は消える。さみしいなと内心思っている。
これ、実感ありますでしょ?みなさん。
結婚したら、「強制的」に姓を1つにされる。9割は旦那の姓を名乗るのが事実上の「慣習」だ。娘しかいないお父さん、お母さん、内心は思うところあるでしょ?
だけど、黙ってるだけでしょ。それが日本社会の「慣習」だから。文句を言ってはいけないと。
家制度がどうの、共同体がどうのと言っている人、周りにいます?いないよ。自民党の集会に熱心に来る老人だけですよ。もっとも、自民党の議員には、その大きな声しか聞こえない。
一生懸命毎日働いている、現役世代の声なんか、自民党には届かない。要するに、今の国会の状況って、こういうことなんですよ。民意を全く反映しない政治というのは、こういうことなんだよ。
なによりも、この選択的夫婦別姓において、自民党は「家族観にかかわることで、時間をかけてやるべきだ」という考え方だが、これはピントがずれている。
いや、すでにものすごい時間をかけている。
それに、これは「家族観を統一する」とか「共同体として1つの価値を決める」という話ではないのだ。
なぜなら、「選択的」だからだ。仕事の不都合等、いろんな理由で「夫婦別姓」を選択したいという時、これを認めて不都合を解消してもらおうという話だからだ。
これは国家の根幹を変えるような話ではないのだ。
例えば、「憲法改正」「首相公選制の導入」「選挙制度の改革」「道州制の導入」とか、そういう問題ならば、国民の多数の幅広いコンセンサスを得る必要がある。
一方、選択的夫婦別姓というのは、例えば、貧困層への支援とか、ある業界が突発的な理由で不振に陥り、その労働者に支援金を出すとか、災害に遭われた方への支援とか、そういう多数派ではなくても、不都合に陥っている人を救済する話だ。
政治において、困っている人が過半数いない少数だから救済しないなんて話にならないでしょ?
そういう類の話なのだ。特に働く女性にとって、結婚して姓が変わるとキャリアの断絶となり、多大な不都合がある。ゆえに、結婚しても旧姓を通称として使う女性が大多数となっている。しかし、通称使用でも多くの不都合があると主張されている。
この不都合を解消してあげましょうというだけのことだ。
そして、何度でも強調するが、「家族観を統一する」とか「共同体として1つの価値を決める」という話ではない。「強制的夫婦同姓」になにも不都合を感じない人たちは、今まで通り、夫婦同姓を選択すればいいだけだ。
貴方の日常生活には、なにも問題はない。
どうして、隣の人が夫婦別姓を選択したら、「家族」「共同体」が崩壊するというのだ?貴方には関係ないでしょ。
むしろ、夫婦別姓を選択する夫婦の方が、家を大事にするんじゃないかと思う。なぜなら、別姓を選択しながら、家族でいるという決断をした人は、家族の絆をより意識し、家族でのコミュニケーションを密にするものだ。
一方、伝統的な価値観を大事にするなんて言っている家はどうなんだ?「男社会」で偉そうな旦那は「おいメシ、おい風呂、おい寝る」しか言わず、そんな旦那に妻やこどもは愛想をつかし、家族の中は冷え切っている。
家族の絆をつなぐものは、「同じ姓」であること以外なにもない。旦那の退職とともに「熟年離婚」も増えている。自分もある日、家族から見放されるのではないか。
隣の家が「夫婦別姓」になったら、そんなハイカラな考えに妻や子が影響されたら、簡単にポイ捨てされる。それが怖いのではないか。
また、高齢の女性が反対するケースもみられるが、「自分らが夫の家に入って夫唱婦随で苦労してきたのに、今の若い女性は別姓なんてわがままだ」という主張に聞こえる。
自分らが苦労してきたなら、若い人を苦労から解放してあげればいいのに、「同じ苦労をしろ」とは心が狭い。
そもそも、「苦労をしてきた」というのだから、我慢してきただけで、女性差別、女性蔑視、人権侵害を受けてきたのを認めているということだ。
NHKがこのような番組を放送した。
この番組では、全国744の自治体が「最終的には消滅する可能性がある」としている。消滅の根拠としたのは、20代~30代の”若年女性人口”の減少率だ。子どもを産む女性が減ることで将来の出生数が減り、自治体として維持できなくなるとした。なかには、
「男性の2倍の女性が去っている地域」
もあるという。そして、その主な理由は
「女性は子どもを産むべき」
という社会からの圧力であるという。具体的には、
「地元に戻って子どもを産め」
「女性は嫁としてもらわれて、家庭を持ってやっと一人前になる。あなたもみんなから好かれるような女でないと」
「結婚するという意識が女性にないから日本はおかしくなっていく」
そういう圧みたいな、煽りみたいなものがあり、地方が女性にとって生きづらい場所になっているのではないかという。
要するに、多くの女性が「女性の役割を求められる地方の息苦しさ」を訴えたというのだ。
この番組は、地方の現実として放送しているけれど、それだけじゃない。これが日本の「家制度」「共同体」そして「家父長制的価値観」に対する、若者、現役世代の「本音」じゃないんですかね。
こんなもの、いまさら守る価値なんてあるのか?
まあ、守りたい人がいるのであれば、どうぞご自由に。思想信条の自由だから。だけど、明らかに嫌だという人に強制する理由はない。
次に、夫婦別姓だと「子どもがかわいそう」という主張がある。
それこそ大きなお世話だ。親と姓が違うとか、兄弟間で姓が違うだと、「学校でいじめられる」というが、いやいや、そもそも「いじめ」はどんな時でも、絶対ダメでしょ(笑)。
これを反対の理由にする人は、隣の家が「夫婦別姓」だったら不快だから、地域社会から「村八分」にするぞ、その子どもは学校でいじめさせるぞ、と言ってるようなものだ。
どんな人に対しても、こんな扱いは肯定されないでしょ、現代社会では。
そもそも、親子と姓が違う、兄弟で姓が違うというのは、昔はよくあったことなのだ。
これもこちらで、書いたことだけれどもね。もう一度、まとめてみたい。この縁戚同士で子どもを融通し合うというか、それぞれの家を守ることは、日本社会では普通に行われていたことだ。
その代表例の1つが、保守派の名門中の名門一家である
「岸・佐藤・安倍家」
である。岸信介元首相は、佐藤家の次男として生まれ、中学3年の時、婿養子だった父の実家、岸家の養子となった。弟・佐藤栄作元首相は三男。岸・佐藤氏とも官僚になり、戦後首相となった。
ところが今度は、岸信介に息子・信和が子宝に恵まれなかったため、娘の陽子と安倍晋太郎(元外相)の三男・信夫(安倍晋三元首相の弟)が、岸家の養子となり「岸信夫」(元防衛相)となった。
このように、「親子別姓」「兄弟別姓」で岸・佐藤・安倍の名門政治一家を存続させてきたのだ。
この「親子別姓」「兄弟別姓」で家を守り合ったのは、日本のどこにでもあった話。例えば、うちの親父は9人兄弟だが、弟(私の叔父)は婿養子に行って、「兄弟別姓」である。
これは、日本の伝統の1つだ。「別姓だと子どもがかわいそう」というのは、歴史や伝統を無視したおかしな話だと思う。
もちろん、これは日本に子どもがたくさんいた時代の話だ。少子化の現在では難しい。しかし、選択的夫婦別姓になれば、かつてのように、子どもも交えた家族間の話し合いで、消滅するはずの「家(姓)」を守り、維持していくことができるのではないか。
なにより、現在の「強制的夫婦同姓」の制度下では、男子の子どもがいる家と、女子しかいない家の間で、ものすごい差別がある。
女子しか子どもがいない家では、子どもが結婚相手の家の姓を名乗り、事実上相手の家の家族になる。子どものいなくなった家は、いずれ消滅するしかない。
財産相続でも、事実上相手の家に持って行かれるわけだよね。細かい話はあるとしても、基本的には。
圧倒的に、男子の子どもがいる家が優位的な立場になる。なにより、男子の子どもを持つことが重要になるので、男女差別を拡大し続けることになる。
男子を授かろうとする、ある種の危険な「優生思想」が広がりかねない。
なによりも、「家制度」を重視する保守派にとって、「家(姓)」がどんどん消滅していく制度を維持することに、なんの意味があるのだろうかということだ。
このように考えると、国会を通しやすいように保守派に配慮した野党の法案も、問題があると思う。
どちらも「婚姻時に子の氏を決定」することになるが、それが、日本の多様な「姓」を守るためのフレキシビリティを奪ってしまうということだ。
「子どもの姓」を強制的に同じにすることで、夫婦が別姓を選んでも、子どもの代で、父親の姓と母親の姓のどちらか一方しか引き継げないことになる。結局、多くの姓が消滅していくことになる。
だから、「子どもの姓」は、いつでも自由に決められるようにしたらいい。
子どもが何人生まれるかで、考えればいいのだ。2人以上ならば、最初は夫婦で決めた姓でも、ある時点で家族で話し合って、夫の姓を名乗る子と、妻の姓を名乗る子に分かれてもいい。
それぞれの家族に任せればいいと思うのだ。
繰り返すが、「強制的夫婦同姓」を妄信的に守ろうとする人より、「選択的夫婦別姓」を選択するという決断ができる人たちの方が、家族の絆を守るために、真剣に考えて、コミュニケーションをとるはずだ。しっかり、子どもにも話ができるはずだ。
そういう人たちを信頼すればいい。
最後に、石破首相にいいたいことがある。野党提出の法案の採決の「党議拘束」を外すべきだということだ。それがこの法案に対する正しい判断だからだ。
衆参両院の政党別の人数と選択的夫婦別姓への態度は以下の通り。
1.衆議院
公明党 24人 制度推進。野党案の状況で判断。
立民・社民 148人 賛成。
国民民 27人 賛成。
れいわ新選組 9人 賛成。
共産党 8人 賛成。
有志の会 4人 賛成。
(賛成 220人)
維新の会 38人 反対(通称使用法制化)。
保守党・参政党 6人 反対。
(反対 44人)
自民党 196人。
無所属 5人。
2.参議院
公明党 27人 制度推進。野党案の状況で判断。
立民・社民 91人 賛成。
国民民・新緑風会 12人 賛成。
れいわ新選組 5人 賛成。
共産党 11人 賛成。
沖縄の風 2人 賛成。
(賛成 148人)
維新の会 18人 反対(通称使用法制化)。
NHK 2人 反対。
(反対 20人)
自民党 113人。
無所属 9人。
これね。党としてまとまらない自民党は、3分の1が選択的夫婦別姓に賛成と言われているわけだ。とすると、自民党が党議拘束を外せば、こうなる。
衆議院
賛成:自民党の3分の1(65人)+賛成(220人)=285人
反対:自民党の3分の2(131人)*反対(44人)=175人
参議院
賛成:自民党の3分の1(38人)+賛成(148人)=186人
反対:自民党の3分の2(75人)+反対(20人)=95人
自民党が仮に無所属が全員反対だとしても、法案は衆参両院で賛成多数となり可決することになる。
これが自然な民意だということだ。自民党が野党案を無理に拒んで党議拘束をかけて反対するのは、声の大きな少数派の横暴ではないか。
選択的夫婦別姓はそもそも党議拘束はそぐわないものだ。何度でも繰り返すが「選択的」なのだから、選択したくない人たちは今のままでいい。
「強制的夫婦同姓」によって業務などで不都合を感じている方がいるので、その不都合をなくしてあげようというのだ。
ある種の救済策であり、1人でも困っている人がいれば、救うというものだ。多数決で共同体のルールを決めて、全員でそれに従うというものではない。
だから、石破首相が、「党としての方針を決めて、一丸に」というのは、ピントがづれているのだ。
これからは、共同体のために個人が我慢し、犠牲になるという時代ではない。すべての個人の人権が尊重されるべき時代だ。
すべての個人の人権がまず尊重されて、その上で、社会としてどう折り合っていくか話し合って決める。その順番でなければ、社会の中で価値観が変わっても、結局誰かが排除され、犠牲になることになる。
選択的夫婦別姓は、日本社会がまず共同体ありきから、個人を尊重し、その集積で共同体ができあがっていく形に変わる、試金石ともいえる。
石破首相よ。「党議拘束」を外すという決断をせよ。それは、日本社会をより民主的に進化させる、歴史的な決断となる。
