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子どもが小学生になったら、落語を見せよう!・・・義務教育にしたいくらいのすごい効果と入門ガイド。なぜ、最初に見るべき噺は「寿限無」でないのか?

ジャンル《教育》《落語》《小学校》《シュタイナー教育》《古典芸能》《寄席》《情操教育》

はじめに。


こんにちは、桂・ヒートン・秀丸です。


・・・え、カツラって・・・?


ま、それは後ほどということで。(このパターン多いな)


・・・ところで、みなさん!   
落語って、好きですか?



・・というか、見た事はありますか?



最近、ドラマやアニメの影響で少しだけ流行った時期があるとはいえ、あまり詳しくない、見たことない、まして寄席なんか行った事ない人が大半ですよね。


実は私、祖母の代から三代亘って寄席・落語好き一家で育ったので、落語ファンがマイナーな存在だと言うことを、大人になるまで知りませんでした。

日本人は全員、落語が好きで、映画に行くように寄席に行ってると思ってました。

なので、好きな女の子ができると、普通にデートで寄席に誘ってましたが・・・そうか、それでモテなかったのか。

・・・・・・・・

・・・(気を取り直して)しかしです!

日本に生まれて、落語を知らないのは、あまりにもったいない。勿体なさすぎる‼︎

落語は、日本人のユーモア、豊かな情緒、人情が凝縮されている世界に誇るべき芸能文化で、しかも子どもの教育、心の成長にとても役立つ、優れたコンテンツだと思います。

どうして小学校でもっと教えないのか。普通に義務教育で教えるべきだと思います。
(私は現役教師時代、小中高のどの授業で使いまくってましたが)

さらに言えば、現代のさまざまな文学や映画、アニメ、マンガなどにも大きな影響を与えている落語文化を知ることは、教育や子育てに関わる人々にとっても、かなり有用な教養です。
(国語の先生や、創作する人は、当然、知ってなきゃダメよ)

・・・と言うわけで今回は、なぜ落語を小学生に見せるべきなのか、また、落語の世界に踏み出す最初の一歩を、私、桂秀丸こと、ヒートンがご案内します。

読み終わって「そうか、それじゃ一度、子どもと寄席にでも行ってみようか」と思ってくださったら、べらぼうに嬉しいです。

この記事はがんばれば10分で読めます。長くてすみません。

私と落語の馴れ初め

自己紹介でのサイトマップの趣味ランクでは比較的下位だったものの、実は私の落語への思い入れは、かなり年季が入っています。

落語好きの祖母と母のおかげで、私と弟は幼い頃から横浜桜木町の紅葉坂ホールで開催していた「お好み寄席」に、毎年連れて行ってもらっていました。

私はここで、本物の、柳家小さんや、桂歌丸、立川談志、初期のツービート(たけし)を生で見ていたわけで、今思えば、かなり恵まれた環境でした。
(ビートたけしが、まだ「赤信号、みんなで渡れば怖くない」を言っていた頃です)

寄席は漫才、大道芸、マジックなど色々な演目があるのですが、やはり花形は落語です。トリと言って、最後に長目の落語(大ネタ)で寄席は終わります。

毎年見ていて、すっかり落語が好きになった私は、図書館に行くたびに落語の本を一冊借りるようになり、家に帰って何度も読んで、文字通り腹を抱えて笑っていました。
それが、このシリーズです。↓

少年少女名作落語「目黒のさんま」 神津 友好著 偕成社

この「少年少女名作落語」シリーズは今読み返してもよくできていて、変に子ども向けにアレンジせず、けれどわかりやすく書かれています。(現在では入手しにくいのが残念)

元々、本は好きだったのですが、この落語本のおかげで、すっかり読書が大好きになりました。

後に、童話や脚本を書くようになった時も「ユーモア」と「人情(人間ドラマ)」が私の基本の作風になったのは、やはり落語の影響だと思います。

テレビでも、本でも、ラジオでも落語を聴き続け、やがて一人で寄席(新宿末廣亭)に行くようになり、ますます落語に惹かれていきました。

名画座で見る映画も好きでしたが、寄席は昼の部、夜の部入れ替えなしなので、ぶっ通しで見ることもでき、とてもお得だったのです。

やがて、どうしても自分で演じたくなり好きな噺のテープを買って練習したりしてましたが、とうとう40代で東京東部の学校へ異動した時に、当時、千駄ヶ谷にあった一般社会人向けの『落語教室』に通い始めました。

ここで、落語の普及に熱心だった桂幸丸師匠(桂歌丸の弟弟子に当たる方です)について、毎週通い、基本や仕草を習って最後は、高座で一席できるまでになりました。


・・・と言うわけで。
私も一応、桂一門の端くれと言えなくもない(?)ので、落語を演じるときは、桂秀丸と(勝手に)名乗っているというわけです。

ちなみに、私が実際に見た中で一番好きな落語家は、桂歌丸師匠で、直接見てないけど好きなのは古今亭志ん生です。



それからは、学校で、授業中に落語の話で1時間潰したり、行事の時に隠し芸で演じたり、紙芝居にして見せたり、台本を書いて人形劇にしたりして、今日に至ります。



現代文化への落語の意外な影響


落語の影響といえば、近いところで言えば、「パタリロ」や「翔んで埼玉」の作者、魔夜峰央先生は大の落語好きであり、作品の随所に引用されております。

明治の文豪、夏目漱石も落語に強い影響を受け「吾輩は猫である」では、ほとんど落語のようなやり取りもあります。

また、カルト的な人気を誇るマンガ「ジョジョの奇妙な冒険」第4部の「ぼくは宇宙人」では、たぬきが恩返しにサイコロに化けてイカサマに手を貸すという「狸賽」を、宇宙人に置き換えてプロットにしていたりします。

「ジョジョの奇妙な冒険」荒木飛呂彦 集英社 41巻「ぼくは宇宙人」より


このようにちょっと、落語の知識を知っているだけで、現代のエンタメも、ますます面白くなるはずです。



シュタイナー教育と落語


シュタイナー教育的には、幼児期におこなう素話というものがあります。
これは大人が完全におとぎ話を暗記して、子どもに聞かせるものですが、落語と非常に共通する点が多いと思います。
絵や映像のようなものがない分、子どもの内面で想像力が育つのですね。

また、英国のシュタイナーカレッジにいた時に、よく人智学関係の「ストーリーテリング」という芸術(話芸?)の公演を聴きにいきましたが、これを見た時、これは英国版落語だなあ、と思いました。
プロは流石の表現力で、私の拙い英語力でも大笑いし、感動でき、国は違えど、同じようなものがあるんだなあ、と感心しました。


教育者必見!落語の驚くべき3つの効果


さて、ここで私が感じた落語の教育的効果を3つ、挙げてみましょう。



①演者が一人で何人もの役を演じ分ける話芸を聞くことで、想像力、洞察力が育つ


ご存知の通り、落語では噺家が、扇子や手拭いなどの最小限の小道具を駆使し、仕草や表情、演技力で色々なものを表現します。また、視線や口調を変えることで、たくさんの個性あるキャラクターを演じ分けます。
(これは、改めて考えるとすごいことです)
それを鑑賞し、理解できるようになると、映画やアニメのようにこれでもか、と情報を受け取る「受身型鑑賞」から、感覚をフル活用して受け取り、自分で想像して、共に作っていく「積極的鑑賞」ができるようになるでしょう。

実際、意外と小さな子どもでも、(名人が演じると)難しい噺で大笑いしていることがあり、驚かされます。


②様々なジャンルのストーリーがあり、物語や本に親しみが湧き、読書好きになる。


落語の話は800以上あると言われています。基本は滑稽噺(面白おかしい噺)なのですが、中には、本格的に怖い怪談(四谷怪談)、暗く陰鬱な噺(鰍沢)、SF的な発想の話(一眼国)、シュールでナンセンスな話(あたま山)、泣かせる人間ドラマ(人情噺)、恋愛もの、廓話・・・本当に多彩なジャンルがあります。

子どもが落語に興味を持つようになって、動画を見たり、本を読んでいるうちに、自然と多彩なジャンルの物語に触れて、興味を持つようになります。しかし、具体的な画像はなく、落語家の話から、想像するしかないので、どんどん想像力が膨らみます。

つまり、アニメや漫画よりも、本に近い文化なのです。

私が小学校の図書館の本をほぼ全て読破するほど本が好きになったきっかけも、先にあげた「名作落語」シリーズが面白すぎたからでした。


③知らず知らずのうちに江戸時代の文化や社会風俗、個性的な人間模様、時代を超えた人情の機微が身につく


実際、江戸時代の庶民は寄席に行くことで、社会常識や教養を身につけていた側面もあるそうです。
確かに落語では、まず、面白さで心を開き、知識を感情・感動で心に刻む、という優れた教育のセオリーが、自然に成立しています。

古典落語の多くは江戸時代の風俗や習慣を基本に置いているため、自然と言い回しや身分の違い、江戸に生きた人々の日常、心の動きがわかってきます。

映画やドラマの時代劇とはまた違った、生き生きとした庶民の空気が伝わってくるでしょう。



落語事始め


ここまで読んで、

なるほど。確かに子どもにとって、落語は良さそうだな。
と思われた方もいるかもしれません。

・・・そうは言っても、小学生のうちから、落語と出会える環境に恵まれることは滅多にないでしょう。

親でも教師でも、まず大人自身が落語を聞いたこともなく、知識もなく、噺のタイトルや内容を知らなければ、何も教えることはできません。

落語の世界は膨大すぎて、年齢やタイプを踏まえて、ふさわしい噺を選ぶのはなかなか難しく、適当に選んで見せるには、当たり外れが大きすぎるからです。(教育的にという意味で)

また、本を与えようと思っても子供向けにアレンジされた最近の落語の本で、自信を持ってお勧めできるものは意外と少ないのです。

私も教材に使おうと色々調べましたが、先に挙げた「少年少女名作落語」シリーズは古すぎて図書館でも入手できず、それ以外はイマイチで、結局、名人の音声を聞いて自分で書き起こしました。

落語絵本というものもありますが、(私的には)今ひとつでした。

落語の良さの一つに、プロットの素晴らしさがありますが、絵本だと短い滑稽噺しか、絵本化できないからです。



ではどうするのか。

ご安心ください。


ここに、落語界に片足をつっこんだ元教師という、最高のガイドがいます。


この落語バカ、桂秀丸にお任せください!



とりあえず、以下の3ステップでスタートしましょう!


①まず、下記のオススメリストの噺を聞いてください。
最初に聞くならこの噺!とお勧めできるものだけを厳選しました。

②その中から、お子さんや生徒さんに向いてそうな噺を選んでください。
選んだら(理想は、もちろん生で見ることですが)まずYouTubeで実演動画を見せましょう。同じ噺でも、落語家によって演じ方、ストーリー、オチも全然違うので、何個か見て、一番良さそうなのを選んでください。

③それから、子どもが興味を持ってきたら、子ども向きの落語本を読ませてください。
ベストは前述の「少年少女名作落語」シリーズですが、なければ何でもいいです。


私がファースト落語に「寿限無」と「まんじゅうこわい」を選ばないわけ


ちょっと話がそれますが、学校で落語を取り上げる時に、まず「寿限無」や「まんじゅうこわい」を選ぶ人が結構いますが、私はこれには少し疑問です。(あくまで個人的な意見です。大人が聞くにはいい噺です)

確かに「寿限無」は短い滑稽話で、長すぎる名前を繰り返し諳んじる、言葉遊び的の面白さがあり、こどもにちょいウケします。(「日本語であそぼ」でも取り上げられていました。)

逆にいうと、ただそれだけ。

ワンアイディアの噺で、初めて落語に出会う小学生が、落語の本来の良さを味わうにしては、プロットとラスト(オチ)がちょっと弱いと思います。
後述する「牛ほめ」ほどのくすぐりの面白さはないし、「芝浜」ほどのドラマ性もありません。

そもそも寿限無は落語に入門したばかりの弟子が滑舌と暗記の訓練の為に最初に覚えさせられる練習用の前座噺なのです。

演じる側の入門としては、いいのですが、初めて聞く子どもに良いかというと、それは、ちょっと違うような気がします。

その点「まんじゅうこわい」は、プロットもしっかりしてますし、オチもとんちで面白いのですが、主人公がどちらかというと「悪賢い、小狡いタイプ」なので、子どもにとっては共感できない(というか、して欲しくないし)という点でリストに入れませんでした。
ややブラックユーモアが効いた話なので、少し落語に慣れてから読むにはいいと思います。


小学生が初めて出会うオススメ落語リスト


では、結論としては、どんな噺がいいのでしょうか。

800以上の落語の中で、私が子どものファースト落語にふさわしいと思う噺には、いくつかの条件があります。


・起承転結プロットがわかりやすい。物語に近いもの。

・子どもに相応しいジャンル

・オチが自然で物語として納得できる。ハッピーエンド。

この三点を踏まえて、リストを作りましたのでご覧ください。


「牛ほめ」

スタンダードな与太郎噺です。落語界の人気者、与太郎にも実はいろんな設定があり、大工だったり、結婚していたり、泥棒の一味だったりするのですが、ここでは定番の天然おとぼけキャラです。
滑稽話でくすぐり(ギャグシーン)の連続が面白く、また、お父さんの説教にも親の愛を感じます。
オチもなかなか洒落ていて「あれ、与太郎けっこう上手いこと言うじゃん」となります。


「時そば」

落語でも有名な話です。数字のトリックを使ったオチこそ、ちょっと子どもには難しいという難点がありますが、良い蕎麦屋とまずい蕎麦屋の対比は、とても分かりやすく、落語独特の仕草の面白さも味わえる噺です。悪だくみをしようとして、最後は痛い目にあうというのも道徳的かと。



「目黒のさんま」


世間知らずな殿様が、お忍びで庶民の味に感激するという分かりやすいプロット。「銀魂」で、将軍が出てくるギャグ回はこれが元ネタでは、と思います。
最後の殿のセリフがオチとして、とても秀逸です。

「ねずみ経」

昔話や民話に近い勧善懲悪の素直なプロットですが、勘違いのおかしさとギャップが子どもにもわかりやすいと思います。アニメの「日本昔ばなし」でも放映されていました。


「お菊の皿」

ちょっと怖いけど、実は面白いと言う「おもこわ」ものが子どもは大好きです。有名な怪談『番長皿屋敷』のお菊さんも、落語ワールドでは地下アイドルのような人気者になるというお話です。オチもわかりやすく、読後感が楽しい話です。



「化け物使い」

これも、たくさんお化けが出てくるので、妖怪好きの子どもは大喜びでしょう。お化けなんて怖くない、と言い張る頑固親父と、化け物たちの対決の行方はいかに?意外なラストに、頑固親父もびっくりします。

「こんにゃく問答」

勘違いもののコメディで、和尚のふりをした無学なこんにゃくやが、旅の雲水と禅問答をするという楽しいお話です。
禅問答の部分が、難解でわかりにくい難点はありますが、逆に少しわかるようになると無類の面白さ。
勘違いと運だけで、ピンチを乗り切るところは、加瀬あつしのヤンキー漫画「カメレオン」を彷彿とさせます。



「芝浜」

年末の定番である芝浜ですが、始まりは三題噺だったそうです。(寄席で演じる際に観客に適当な言葉・題目を出させ、そうして出された題目3つを折り込んで即興で演じる落語)
しかし、即興で作ったとは思えない素晴らしいプロット、夫婦の情愛を描いた感動的な人間ドラマ、見事なハッピーエンド。初心者でもマニアでも毎年聴きたくなる名作です。
ちょっと高学年の子どもや、初めて落語を聞く大人にも勧めたい傑作だと思います。



番外編(大人向けイチオシ)


「文七元結」


もし、あなたが全く落語を全く落語を聞いたことがない、あるいは面白いと思ったことがないというのなら、まずは「芝浜」か、この「文七元結」を聞いてください。(古今亭志ん朝がおすすめ)


私の落語で一番好きな「文七元結」は、人間の愚かさと素晴らしさを描いた人情噺の最高傑作です。

私が大好きなエッセイスト、中野翠さんもこの話を聞いて、落語ファンになったそうです。

・・・いかんせんストーリーが、借金のカタに実の娘を吉原に売り飛ばすものなので、子どもに聞かせる場合には、高校生以上とします。



与太郎について


いずれ、与太郎に関しては詳しく書くつもりですので、ちょっとだけ触れます。

与太郎は落語界のアイドル、ヒーローであり、象徴だと思います。

みんなから「このバカっ!」と言われる真性のバカですが、しかし差別もされず、疎外されず、ひたすら愛され続けるそのキャラクターは、現代にはない真のバリアフリーを体現していると思うのです。

与太郎は、話によって設定が違いますが、概ね20歳を過ぎても働かずにぶらぶらしているニートであったり、仕事してはすぐにクビになる問題児なのですが、その無邪気さと素直な心で、落語ファンの心をすぐに鷲掴みにします。
まるで、子どもがそのまま大人になったような、おかしみがあります。

与太郎は、現代なら発達障害ではなく、(発達障害はむしろ熊さんや八五郎です)軽度の知的障害と分類されるでしょう。
現代では、特別支援学校の知的部門に入れられ卒業後は作業所で単純作業をすることになるでしょう。

ところが、落語が描く江戸時代では、「バカ」なのに、普通に商売したり、働いていたり、求職活動をしています。
施設に住んでいるわけでなく、普通に長屋で暮らしています。

なんの支援もないのに、他の長屋の仲間と共に働いていたり、遊びに行ったり、無職の場合はいろんな仕事にチャレンジしたり、お見合いまでしています。

「錦の袈裟」という話では、既婚者で、悪友たちと吉原に遊びに行ったりします。(しかも一番モテてる)

みんなに「バカ」と言われるけれど、実はバカにされていない。常に自分と同じ目線で付き合い、差別されていないのです。

むしろ、特別扱いされていないからこそ、気軽に「バカ」と言えるのでしょう。
そして結局、なんやかんや周りの人が、助けてしまう。


私は高齢者福祉の世界と障害児教育の世界に長くいましたが、もし、現代が、この江戸時代のような関係性の社会であれば、今の福祉が抱えている問題はほぼ解決する、と思っています。


差別とは「バカ」「ジジイ、ババア」と言うことではありません。

「あの人たちは、自分たち(普通の人)とは違う」と、切り離すことです。

口では言わないだけで、やっていることは「隔離」と「差別」であり、結果として「孤立」して一人で悩みを抱え込むしかないのが、今の日本社会です。

落語に見る江戸時代では、乱暴者でも、天然でも、バカでも、頑固ジジイでも、貧乏でも、一緒に喧嘩したり(大工調べ)、花見に行って酒(おちゃけ)を飲み(長屋の花見)、時には吉原へ繰り込んで(錦の袈裟)、とにかく助け合って、一緒に笑って生きていました。

与太郎のようなバカでも、楽しく笑って生きられる社会だったのです。


そんな江戸時代と、現代の日本、果たして、どちらが進歩しているのでしょうか。


・・・私は、そんな落語的な江戸の社会が、羨ましくてたまりません。




まとめ


今までで一番長い記事になりましたが、ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

もし、今は時間がなくても、ちょっと30分ほどあるな、という時に、上記のリストからどれでも一席、YouTubeで聞いてみてください。

そしてもし、それが気に入ったら、他の噺も聞いてください。

全部聞いて、なるほど、落語は子どもの教育に良さそうだぞ、と思ったら、一緒に聞くなり、本を買ってあげるなりしてください。

そして。

可能であれば、一生に一度でいい。

ぜひ、お子さんと寄席に足を運んでください。

これは、日本に生まれた子どもに与えられた特典であり、チャンスなのです。

繁忙期でなければ、それほど混んではいないはずです。
東京なら新宿、浅草、池袋、上野に大きな寄席がありますし、値段もそれほど高くありません。いつ入ってもいいし、いつ出てもいいのです。

体力があれば、昼の部、夜の部、ぶっ通しで9時間聞いても同額料金です。

小学生にとって、これほど実りのある文化・芸術体験はないと思います。


一度、寄席に行った子どもは、確実に落語を好きになります。

それほど子どもは、落語を欲しているのです。

そして、それからずっと、落語の恩恵を受け続けることができる、と私は信じています。



それでは、また。


・・・お後がよろしいようで。


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