「私」という「個」についての考察
はじめに
2枚目のページでは「私」という「個」がどんな存在であるのか?これをお話ししていこうと思います。
私は「3歳児ライター28歳表現者」と名乗っています。こう言うと「あなた、3歳児のクオリティーでライター業務やってるの?」と思われそうですが、もちろん頂くお仕事については、常に真心を持って向き合い執筆していますのでご安心を。
前置きという名のお断りが長くなってしまいましたね。ここからが本題です。このnoteの1ページ目であり、プロフィール記事でもある前回でもお話ししました「28歳のふりした3歳児」という自己紹介。この文言を、私はよく使います。Twitterでは固定ツイートにしているくらいですし、日常的なツイートでも「3歳だもん!」とよく呟きます。どうしてか?これが「私」を表すには分かりやすく、もっと言えば正確だから、と思うのが理由です。
それでは、なぜ私が「28歳のふりした3歳児」なのか?今日は「私」を他人から見た場合、私自身が思う「私」に分けてお話ししていきます。そして、私が本当に3歳であったある日、突然やってきた運命の日についても、ここで触れていこうと思います。
外から見られている「私」
私は人見知りで、さらに言えば「初めて」と付くものについては全て苦手です。初対面の人と会うことだけではなく、行ったことのない場所へ行くこと、体験したことのないことへの挑戦……こうした「初めて」は全てです。
私は自分の身を守るために、失敗しないように、失礼のないように、初対面の人には「私、人見知りなんです」と真っ先に伝えます。ですが、私と出会った人は言います。「人見知りになんて、全然見えない!」と。そして、私への第一印象はというと「怖い」か「大人しそう」もしくは「明るい」「朗らか」「親しみやすい」だそうです。
前者は、今ではそう言われることはあまりないように感じますが、トゲトゲしていた思春期に出会った友人には、当時そうした印象を与えていたと後から聞きました。そして、二十歳頃から今現在は、後者の印象であると言われます。
外から、つまり他人から見た「私」という人間は、総括すると「明るく朗らかで、親しみやすい人」なのです。けれど「私」自身が思う「私」は、その人物像からは大きく外れています。
内から見る「私」
「私」はとても卑屈な人間です。ネガティブ思考が基本で、なんでもかんでも悲観的に捉えます。
たとえば「なんか今日ちょっと雰囲気違うね」と言われた時。外から見た私は「え?どの辺?いつもよりかわいい〜?」なんて笑って言うことができます。実際、外から見た私も間違っているわけではないのです。私は意図的に、そういう振る舞いをしようとしているので、逆に言えばそう見えていなければいけない、とも言えます。
「私は明るくて、おちゃらけた笑える人」でいたい。
先述したとおり、私は初対面の人に言います。「私、人見知りなんです」と。これは自分の身を守るための、いわゆる「よそ行き用」の顔です。人見知りであることは本当です。ですが、これを先に伝えておくことで、その後の関わりで「明るく朗らかで、親しみやすい人」というキャラクターができあがる。関係をもう少し深めていくと「明るくて、おちゃらけた笑える人」にレベルアップします。これは、私なりの武装です。
初めに記したとおり、私が思う内から見る「私」は、卑屈な人間です。ネガティブ思考で、なんでもかんでも悲観的に捉えます。だから「なんか今日ちょっと雰囲気違うね」と人に言われたら、心の中では「どこがおかしいの?洋服?メイク?それとも、私という個人そのもののこと?」と思います。誰も、洋服が、メイクが、私が「おかしい」などとは言っていないのに。これが、私から見た「私」です。
本当の3歳だった「私」の2月28日
今更ながら、私は「28歳のふりした3歳児」なので、世間的には28歳の立派な大人の女性です。ですが、もちろん本当に3歳だった頃があって、今の私がいます。
私が本当に3歳だったのは、今から25年前の1995年のことです。
自分で言うのもなんですが、私は本当に愛されていた子どもだったと思います。父・パパのことも、母・ママのことも、尊敬しています。私がこの世で一番に尊敬しているのがパパで、二番に尊敬しているのがママだと、胸を張って言えます。
ですが、私にはママの記憶はありません。
1995年の2月28日。身内の欲目を抜きにしたって「素晴らしい人間だ」と言い切れる両親に、めいっぱい愛されて育てられていたはずの私ですが、突然、この日にママを失いました。踏切での事故でした。私がこれの詳細を知ったのは、2016年です。これについては、後々お話しさせてください。
1995年の2月28日は、その後の私の人生を大きく変えました。
そんな運命の日のことを、私は何一つ覚えていません。どんな天気だったか?私は何をしていたのか?何を感じていたのか?それどころか、大好きなママのことすら、何一つ覚えていないのです。
顔は、写真で知っています。人柄は、人から聞いて教えてもらいました。
けれど、私自身はママのことを知らないのです。どんな声をしていたのか?私にどんな言葉をかけてくれたのか?どう触れたのか?どう愛してくれていたのか?何も覚えていないのです。
これが、本当の3歳だった「私」の2月28日です。
28歳のふりしてる3歳児の「私」
2018年6月22日に、私は念願のプロポーズをしてもらうことができました。そして、同年11月22日『いい夫婦の日』に入籍。現在は1ページ目でチラッと名前だけ登場した夫・のりんこくんと、二人で暮らしています。
結婚するまでの8年の交際期間中はもちろんのこと、入籍して初めての結婚記念日が近づいてきている今現在も、卑屈な私は「もし、私と全く同じ条件で、病気がない人がいたとしたら、そっちを選ぶでしょ」なんて心ないことを言ってしまいます。そんな時、のりんこくんはこう言います。
「そんなの、なんも面白くないやん」と。
のりんこくんは、私が一番に嫌っている「私」の性格や性質、病気のことも、何もかもをひっくるめて「私」を認めてくれているのです。愛してくれているのです。
私が「もうこれ以上の下はない、どん底だ」と、うつ状態に陥り、世の主婦の皆さんが毎日頑張っている食事の支度も、洗濯も掃除も、何もかもを放り出して寝込んだ時、のりんこくんは言います。「眠れないより、いっぱい眠れる方がいい!いっぱい寝な」と。
反対に私がハイテンションな躁状態になって、夜通しキャッキャとおしゃべりを続けて、仕事で疲れた体をやっと癒せる休日を潰されようという時には、こう言います。「うんうん、分かったよ。でも、もう寝る時間だよ、眠いでしょ?」と。そして、私が寝つけるようにと、薬と水を持ってきてくれます。それでもすぐには落ち着かないので、3歳児の私はねだります。
「だっこ!」と。
現実には28歳の私を、のりんこくんはきちんと抱きしめて、本当に小さな子どもをあやすように、私の気が済むまで背中をたたいてくれます。
こうして「私」を理解し、受け入れ、愛してくれている夫・のりんこくんと共に、躁とうつを反復横跳びしながら、なんとなくなんとなく、けれど確実に幸せな生活を送っています。
のりんこくんとの出会いや、交際中のエピソードも、この先のページで綴っていきたいと思います。私が言うのもなんですが、愛さずにはいられない人です。そんな素晴らしい「のりんこ」という「個」を、またしっかりとお伝えしたいと思います。こんな私が彼のような人と出会えたのだから、これを読んでいるあなたにも、そんな特別な、愛さずにはいられない人と出会う日がやってくるはずです。
最後に
双極性障害(躁うつ病)については、私は特にこのnoteに書いていくつもりはありません。わざわざ私が書かずとも、これについて書いている(描いている)人はたくさん存在するからです。
これは「私」という「個」のストーリーですから、あくまでも私自身のこと、それにまつわることなど「私」を形作っている要素についてを綴っていきます。
日常的な小ネタはTwitterにてぽちぽちしているので、よろしければフォローを!質問箱もあるので、何か聞いてみたいな!と思うことがあれば、遠慮なくどうぞ。
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それでは、2ページ目はこれでおーわり!
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