【短篇小説】良い嫁
犬を連れての散歩は気分がいい。
今日も犬と一緒に公園に入って行った。
すると、近所の老人が3人、ベンチで話し込んでいる。
穏やかだなと、笑顔がこぼれる。
その時、話し声が耳に届いた。
「うちの嫁は、水道代がかかるから、トイレに入るなって言うのよ」
思わず声の方に顔を向けた。
それは、老人の一人から出た言葉だった。
それにしても信じられない。
トイレを使わせないなんて。
そのお嫁さんはトイレを使わないのか?
まるでその疑問に答えるように、老人の口が開く。
「嫁は入るわよ、もちろん。でも、私は回数が多いからダメだって言うのよ」
犬はリードが許す範囲を歩き回っている。
私はその話が気になり動くことが出来ずにいた。
「うちの嫁も似たようなものよ。
今日は外食にしようというけど、私は毎回留守番なの。
私だけはのけ者で、食事の時は自分の部屋でひとりで食べるんだから」
こんな可哀想な老人がいるのかと不憫に思う。
浮かんでくるのは、夫の母親だ。
同居してる義母は、いつも笑顔でいてくれる。
私はこの老人たちの嫁に比べて、良い嫁ということになるはずだ。
心の中で、安堵の吐息が漏れる。
それにしても、3人いて2人がそんな仕打ちを受けているなんて……。
さすがに残る1人は、平和なんだろうな。
だって、背中を向けているあの人は、さっきから何も言っていないのだから。
だが、声が聞こえてきた。
「うちは、私が買い物に行くというと米やら味噌やら、重い物を買ってくるように言われるわよ。年寄りは汚いからって、お風呂はいつも最後だし。自分は隠れて美味しいものをたべてる。ゴミ箱を見れば分かるじゃないの」
2人の老人は、それは酷いと口々に言っている。
「いっそ、死んでくれたらいいのにって思うわ」
冗談ともつかない声が恐ろしい。
年寄りでも、そんなことを思うのか。
でも、うちの義母はそんなこと、考えているはずはない。
だって、私は良い嫁だもの。
「どうやって殺したらいいかしらね」
まさかの殺人計画が聞こえてきた。
だが、いくら何でも本気で殺すはずはない。
しかし、老人達の話は盛り上がり、殺人方法が具体化されて行く。
恐ろしくなった私は帰ろうとしたが、どうしたことか足が根を張ったように動くことが出来ない。
すると老人たちがこちらに顔を向け、笑顔を作る。
私は、引きつった笑いを浮かべ、体裁を取り繕った。
その時、背を向けていた老人が振り返り、刺すように視線を向けてきた。
その手には、重そうに垂れる買い物袋。
義母との日常が蘇ってきた。
私は良い嫁――?
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