【ASDとADHD】子供の特性と、大人の特性
よく、ASDと大人のASDって別れて掲載されている。
ADHDにしても、大人と子どもという書き方をされている。
これって、どうしてだろうか?
そんなに大人と子どもでは差があるのか?
あるいは、子供のうちにASDと言われたけど、大人になったら特性が変わるのか?
と考えたら、ん~~~~? となった。
そこで調べてみると、子供の頃は素直に自分を出せるのに反して、大人になると環境が変わり社会性が求められる。
そのため、子供のように素直に表現ができなくなるらしい。
子どもに見られる特性を読んでみると、娘の特性と変わらないじゃんw
となった。
子どもの特性そのままなんですけど~。
ちなみに娘は32歳。一般的にはしっかり大人だ。
きっと、社会という器の中では、それなりに特性を隠し、言い回しを変えてたりするんだろう。
だから、発達障碍だとは見分けづらい……よね。
見てないから分からないけど。
娘から聞いたところでは、私がいないと、ちゃんと挨拶をするらしい。
バス旅行に行っても運転手さんやガイドさんに
「お二人のおかげで楽しい旅行ができました、ありがとうございました」
と頭を下げることもできたという。
へ~~~~~。
すげーな、おい!
いつもと違うじゃんww
と思ったことがある。
どうやら、「お母さんなら、どうするだろう」というのが、娘の基準らしいが。
ちゃんとしたお母さんに育てられてるね~w
(自画自賛)
胸張って誇ってますけど、そこが言いたいんじゃなくてさ。
そうやって、外の世界では、ちゃんと特性を隠してやり過ごすことができる。
だから大人と子どもって分けられ方をしているんだなってこと。
これが家にいると、見事に子供に戻る。
「いやー!」「つまんない」「帰りたい」「眠い~」「さっき、お母さんが言ったのとちがうー」と、子供かよ?! という言葉が出てくる。
まぁ、言わないけどねw
だって、面白いからw
結局、安心できるところでは本来の特性が表出し、不安を隠さないとならない場面では、特性を隠してそれなりの行動をとる。
これが大人ASDや大人ADHDというやつなんだろうな。
とどのつまり、大人も子供も同じってことか~。
安心できるところに身を置いているのかどうかってことだ。
ということはさ、家族(介護者)もその言葉を聞いて
「お、安心してるんだな。よしよし」
って分かるってことになる。
なるほどな~。
私という母親は、娘にとって安心の巣ということだ。
よきよきw
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