小さな不満と普通という言葉の意味
コンビニへ行くと、購入したものを温めてくれる。
ありがたいよね。
店員の中年女性が、温まったお弁当を手にした。
娘がやってきて、お弁当を持とうとした。
店員さんが
店員「大丈夫?」
手を出している娘にそう声を掛けた。
娘は小さく頷き、お弁当を手にした。
肌感覚の鋭い娘には、ちょっとした温かさも熱く感じる。
だから、私も「大丈夫か?」という思いはあった。
しかし、娘は大丈夫だという思いで受け取ろうとしたわけで、そこでちょっとしたズレが生じた。
娘「なんで大丈夫って聞かれたんだろう?」
そこに引っかかったのか~。
普通に「熱いから」という意味だと思ったけど、娘には引っかかる言葉だったのか。
娘「子供じゃないのに」
確かに、「大丈夫?」というのは子供に言う言葉だ。
決して客に向けての言葉ではない。
だが、相手は中年女性。
きっと、自分の子どもが高校生とかで、親としての不安が先走ったのだろう。
これが「熱いですけど、大丈夫ですか?」ならば、客への配慮と聞こえたはずだ。
それにしても「子供じゃないのに」と不満が出るとは。
こんなことくらいで、と思うだろうが。
それが特性ってやつなんだろうな。
娘の言葉を聞いた私は、
私「子供に見えたんじゃないの~」
さらりと流した。
だって、気にならないんだものw
娘「子供じゃないよ!
子どもが髪の毛染めるはずないじゃない」
いや、不良少女なら染めてるだろう。
校則違反とはいっても、通信高校ならありだ。
小さな子供でも、親によっては染めている。
小さい子にするなよ、とは思うけど。
それは親の趣味だから何も言えない。
私の孫じゃないしね。
私「子供に見えたんじゃないの~」
娘「子供じゃない!」
いいじゃないか、若く見えたんだから。
30も越えたら、若く見られたことに喜べよw
私なら大喜びだぞ。
娘「私って、子供に見えるほど普通じゃないのかな?」
おや~。
どうしたどうした?
とは思ったけど、口から出たのは。
私「うん、普通じゃない」
娘「やっぱり普通じゃないのか……」
ここでちょっと考えたい。
普通ってなんだよ?
他人の普通が自分の普通なのか?
まぁ、普通じゃないと否定しておいてなんだけど。
普通って、大ぜいと同じってことでしょ。
別にいいじゃん、他の人と同じじゃなくても。
そんなこと言ったら、私だって普通じゃないよ。
だって、他の人にあわせようなんてサラサラ思わないんだから。
自分は自分、自分らしくいればいい。
それを認めてくれない人とは関わらない。
社会的にはそうはいかないけど、そこは気にしないようにしてほしい。
気にしたら負けだ。
とはいっても、それができれば苦労はしない。
できないから苦しんでるわけでだけどね。
自分の特性ってやつなんだと、自分を許してあげることも大事だ。
ということで、普通って、自分にとって普通ならいいじゃないか!
と、思うわけだよ。
だから、娘への返事は
私「自分らしくいればいいんだよ♪」
ということだった。
普通って、健康な人でも難しいよね。
昔はさ、ADHDとかだと、そんな病名もなくて、変な人って言われてた。
多分私も変な人だったと思う。
それでも社会の中でもまれて、何とかやってこれたんだ。
今は病名があるし、発達障碍とか自閉症スペクトラムとか認知されているだけ、まだましと言える。
だからって「あなたはましだよ。いいね」なんて言えない。
辛いのは何も変わらない。
生きやすい世の中になるためには、多くの理解が必要だ。
でも、そう簡単に理解は得られない。
だから、自分を認めてあげて、どうやって生きていくのか工夫するしかない。
それを手助けできるのが、家族であり親。
そして、多くの手だろう。
おう、珍しくまともなこと言ってるw
※かめママブログ書庫入り口👇
※エッセイ目次
