どれが本当の自分か分からなくなった頃
社会の中で生きていると、周りに合わせることが大事になる。
そのためには、仮面を被ることも必要だ。
幼稚園の頃は、そんな仮面はなかった。
覚えてないけど、ただ楽しかった、悲しかったという感情だけだった気がする。
小学生も高学年となり、中学生になると、ひたすら周りに合わせて、弾かれないように頑張った。
このころから、仮面をつけることを覚えたような……。
高校を卒業し、社会人となり、もうどれが本当の自分なのか分からなくなる。
親にすら、本当の自分を見せていなかったのではないかな。
自分で自分が分からなくなって、幾多の仮面をつけたり外したりしているうちに、もうごちゃごちゃになるわけだ。
結婚して、さらに仮面が増える。
良妻としての仮面は重く、さらに重いのがPTAの仮面。
ママたちとの付き合いは、仕事に行くより気が重かった。
やっとママ友から離れることができて、妻からも嫁という立場からも外れ、もう仮面なんて被る必要ないよね!
なんて思ったけど、それも違う。
残っている仮面はちゃんとあるんだ。
ご近所への仮面と母としての仮面。
母としての仮面は一生ものだから、きっとこれが自分なんだろうなと思う。
時として、
「疲れたので、本日の営業は終了します」
と宣言できるのだから、この仮面は結構楽だ。
これこそ自分だろうと思いつつ、なんでそれでも仮面?
そりゃあ、仮面をつけすぎて、外している自分が想像できなくなってるから。
裸で外出られないのと同じだと思うな。
こんなこと考えてるのって、私だけ?
そんな思いにハマった時期もあった。
ところが、これって結構多くの人が考えていることだった。
そして頭のいい人は言う。
「みんな同じように思ってるよ」
さらっと言われて、なんかつきものが落ちたw
なんだよ、こんなこと考えてるのって、他にもたくさんいるのかよ。
だったら、深く考える必要もないか~。
こうして仮面が増え、減り、現在に至る。
今持っている仮面は、母でしょ~。
たまにご近所さんへの仮面でしょ~。
あ、一番大きいのは、財布が干からびるたびに、どう生きていくかと真剣に考えているときの貧乏仮面だ!
いらね~な~w
※かめママブログ書庫入り口👇
※エッセイ目次
